私的中島みゆきの情景

[0009] 居場所 [夜会、ファイト] (1996)


 自分の居場所を求めて心身ともにさまよっていた。多くの中島みゆきファンと違い私は中島みゆきさん本人にあまり興味がないのかもしれない、だから彼女の事をほとんど知らない。必要なのは、彼女の歌と声、そして詩。これらに偏っているのかも知れない。最近住処を変わった、幾分田舎になったので夜は虫の音が盛大に演奏会を奏でている、さながら夜会か。
 そんな中、真空管に灯をともしアナログレコードで聞く「みゆきボイス」は精神安定剤の役割を果たしてくれるようだ。欲を言えば、「もっと声を」であり、演奏をシンプルにして声をとにかくリアルに聞きたい。だから、ギターで弾き語りは最高にうれしい。音楽でありながら、詩の朗読を思わせる感のある作品が、いくつかある彼女世界に自分を浸り込ませる事は、至高の時間でもある。それ故に、再生装置には少し欲を出しても良いと思っている。ただ、年がら年中、彼女の曲のみを聴いているわけではなく、極々限られた状況に於いてとても聞きたくなる時がある、それが旬である。

 だらだらは、何も生まないことが多い。でも、いつもいつも張りつめて、生き急ぐように突っ走っていると、息切れして後がつらいかも。だらだら生きている自分の言う台詞ではないが。

 「ファイト」を改めて聞いた。この曲でには特殊な感覚を受けて、涙が出てしまった。多くの人は、応援歌のように受け止め、勇気づけられたり、がんばろうとうちに秘めたものを燃やしたりするのだろうか。私は、他のことを感じた、悲しくて悲しくて、やりきれない様子がうかがえた、中島みゆきさん自身に興味がないなどと書いておいて、こう言うことを書くのも変だが、この曲は他人の「重いく暗い」感情を受け止めてしまった彼女の心が作らせたように感じる。闇を思い浮かべる内容の「詩」とも思える。多くの詩は、彼女の内面を思わせるが、この詩は極端に他人を思わせる、世間を思わせる、それを受け止めた彼女の心を思わせる。「狼になりたい」も近いかも知れないが、この曲の特異性は、歌声ではないか。歌声が軽い、軽いが暗く悲しい。軽い部分は、まるでラジオで話している彼女の口調に似ているように思う。そして、注意して聞いていると極々一瞬あるフレーズの時に、歌うときの中島みゆきの声が顔をだす。この曲を口ずさむときに「ファイト 闘う君の歌を・・・」のところ以外を歌う人は少ないに違いない。彼女からの応援歌を私も口ずさんでいる。


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