私的中島みゆきの情景

[0010] かたち [髪] (1996)


 街を行く人を眺めるていることが最近多い。短く、タイトなスカートから、きれいな足がすらりと伸びた、前を歩く女性を視線が追い続ける。腰からお尻にかけて流れる線の美しさに視線を移し、ふくらはぎの造形にたどり着き、足首のくびれで視線をまた上に移していく。階段を上ろうものなら、目前の張り詰めたスカートの生地が作り出す曲線に視線は釘付けとなる。本能的に出てしまう行為なのか、冷静さを自分に求めてそのときに出る結論は「かたち」という言葉。その女性に対しての感情がなんであるのか、恋愛として成り立つわけもなく、今自分を引きつけているものは、彼女の持つ「かたち」なのだ、「かたち」にとらわれている自分がそこにいる。それがどういう意味を持っているのか。
 人が人を好きになるきっかけに「かたち」が大きなウエイトをしめる場合が多いようだ、第一印象という言葉もある。内面を知るまでには時間がかかるが、「かたち」を確認するのは、いと容易い。しかし、本当に長くつきあうために必要な要素は「かたち」だけよりは、内面の思想や知性の方が重要なことかも知れない。

 実用性が無くても「かたち」が気にいっていて、手元に置いているというモノはいくつかあるのだが、人とのつきあいは、やはり「かたち」の好みだけでは完結しないことが多い。

 「かたち」あるモノはすべて滅びる。それを前提に考えて、内面のもつ魅力は滅びないのだろうか。その答えはどこにあるのだろうか。「長い髪が好きだと、むかし・・」


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