今日、家を出たら、風がね風が吹いていたんです。とても冷たくて身を切るような、でも透明で、なんとなくすがすがしさも感じる風が吹いていたんです。震災の翌日、仕事で神戸に行った時も着ていった革のコートのエリ寄せてぐっと寒さを感じたんです。 このコート、もうぼろぼろ、震災の神戸で床に着たまま寝たり、包って座ったりしていたから、外から見たら擦り傷くらいだけど、裏地はずたずたに裂けている。そのまま今も使っている。
「ああ何かが変わった」。そう、きっと、どこかでだれかがきっと。自分はぜんぜん変わらないと思っているのに。きっと変わっている。澄んだ空は寒さを体の芯まで感じさせる。透明な時間と風。指先が、かじかんで来ている。震災の日が遠くなる。そして、何もしない自分。何もしないで毎日、ただ生きている自分。
望む心と求める心と、欲望と必要。満たされる時間を待ち焦がれている。そんな事を想っている時に日の光が体を包み、「ふっ」と「あたたかいなぁ」と思ったら涙がでてしまった。
命が消えている、守られているはずの尊厳が踏みにじられている。大切なものを守り切れない悲しみがあふれている。最近、悲し事件が多すぎる。なぜ人は人を傷つけるのか、憎悪は力を生むのか、それとも破滅に進のか、他人の命を奪う事はだけは決してしてはならない。しかし、死刑は行われる・・・。私は、その是非を判断できない。人の命を奪ったら奪いかえせばよいのか・・・。しかし、残されたものの悲しみや憎悪は癒されることなどありえない。犯人にどんな、刑罰を課しても。
命は奪ってはならない。絶対に。
何を求めて、何に絶望して、何を望んで人は生きていくのか。ただ、自分の死を迎えるためだけに生きているのではない、自分の中の自分を見つけ出して、自分を知ることをはじめよう。虚栄の心、欺瞞(ぎまん)の心、優しい心、愛しむ心、さみしい心、悲しい心、楽しい心。
風が吹いていたんですよ。きっと、何かが変わる。
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