出発前に


 M旅行社のHさんがそれはそれはがんばって手配をしてくれたおかげで、手配が困難を極めたにもかかわらず、予定通り今回の旅にでられたわけだし、多少の体調の不全があったけれど、もはやキャンセルの効かない状況でそのまま出発することになった。
 食料も今までの2回よりも多いくらいの分量を持ってきていた。いつもたべているさっぱりした日本食とは、また23日間おさらばだから。体調は、日本にいた11日間であまり回復もせず、食事が何となく心細い。
 荷物自体は、今回は量がだいぶ絞られている。パソコンも大きなケースはやめて、キルティングの芯の綿のシートに包んで防水のゴムの巾着に入れて、それをあるゲームソフト会社のファンクラブの入会記念品としてもらった小さなリュックにケーブル類と一緒に入れて背負うことにしたし、大きなカメラ用のリュックは今回は持ってくるのをやめたのだが、結果的にそれが正解だったようだ。
 電池やフィルムは少し多めに持ってきた。中国はまだしも、パキスタンでは、購入は難しくあっても高いからだ。衣類は真夏の衣類に、高山用のオーバーコートという、幅広い構成の割に嵩は押さえられたように思う。

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