11月1日
朝、まゆみが虎千代を駅まで連れてきた。林間学校である。私も、部屋の片づけをして、荷物をつくった。なにしろ、急なことだが、蓼科の別荘に引きこもることにしたのだ。このまま、東京の雑事に追われていては、まとまるアイデアもまとめられない。いわば、脱走である。別荘といえばものすごいものを想像されそうだが、ただの家である。将来私が生活にこまったら、ココに住もうかと思っている父の田舎の家だ。
夕方、何も知らずに知美が来て、田舎に行くということでビデオの留守録を引き受けてくれた。明日からの3連休、彼女と彼女の姉の玉青が予定がなければ、また二人引き連れて行くところだが、知美が3日が文化祭だというので、だめである。二人でテレビを見ながら話していたら、噂をすればの玉青から電話があって、遊びに来た。猫が5匹で部屋の中を駆け回っているのを二人で、変わりばんこに抱いたり、なでたりしてくれた。猫たちもこの二人は大好きなので、ご機嫌である。
知美が帰った後、玉青と二人で、『美味しんぼ』のテレビを見ていたが、予想通りの展開で、大笑いしてしまった。
深夜、弟分のかずくんが車の運転手がてら、一緒に別荘に行くために登場。午前2時半出発。
11月2日
途中、別荘のわずか手前の八ヶ岳のPAで力つきて少し眠って、7じ前くらいに別荘についた。7月に帰るときかなりしっかりお掃除をして帰ったので、その点はよかった。心配だったのは、6月に家出した八雲が逃げてしまわないかどうかだ。北川動物病院の八雲のかかりつけの先生には、「何だかんだいって、家出は楽しいですから、外に出したら、戻ってきませんよ」といわれていたからだ。けれど、これもすぐに大丈夫と判明。いつも通り、外でさんざん遊んでから、家に飛び込んで、猫砂のトイレで用を足している。そとは、見渡す限りのトイレなのにね。
10時の開店を待ちかねて、いつものホームセンターやらスーパーへ買い出しに行く。こちらで買うことに決めているものを買うためだ。具体的には、東京の半額の猫のトイレ砂。(これは、お尻のしっかりしない八雲のお気に入りの砂)猫トイレの脱臭剤の顆粒。私の下着。冬用のハイソックス。シャンプーとリンス、歯磨き粉、友達のシェービングフォーム、レトルトのカレー(これは業務用のもの。ペンションや、レストラン用らしい。結構美味しいカレーが170円である。)かずくんも珍しいのか、あれこれとのぞいている。ついでに、スーパーのお見切り品のワゴンから、調味料などを買った。帰り道の諏訪みどり農協のスーパーで食料品も買い込んだ。こちらは、ミルクに、肉、特に鶏肉が安くて美味しいのだ。
家について私は久しぶりに、ファイナルファンタジーの6を最初からやり始めた。かずくんは本を読んでいた。夕方、うちの裏の丘を越えたところの公衆温泉浴場に入浴に行き、夜は、音楽とゲームで更けた。
11月3日
すっかりファイナルファンタジーにはまって、買い物とお風呂以外はゲームをしていた。なにしろ、全部の魔物とたたかって、いわゆる完全クリアを目指す訳なのだ。夜の気分転換用にと思って持ってきたのだが。
夕食は、七輪で、鰯の丸干しを焼いたり、焼き鳥や野菜を焼いて食べた。安い材料なのだが、結構美味しい。やはり炭火さまさまだ。
11月4日
朝、8時起床。猫たちに餌をやって食べている隙に雨戸を開けたつもりが、ことんはごはんよりお外の方がいいようで、足下で待っていて、一枚目の雨戸が開くなり、そこから外に飛び出して回りを見回し、納得がいったか、部屋にもどってやっとご飯にとりかかった。
猫5匹と一緒の別荘行きで心配してついてきてくれたかず君が今夜帰るので、少し寂しくなる。なにしろ田の中の一軒家というか、山の中の一軒家というか、ココで何か事故があっても誰も気がつかないのではないかというようなさびしいところである。今週末に友人が来てくれるまでは、4日ほど一人になるわけでちょっとさびしいのだ。ついこの前まで、言葉もろくすっぽ通じないところにいたのに、なんだというのだろう。
11月5日
かず君は、茅野発午前1時15分の急行アルプスで帰っていった。彼を送って駅から別荘へもどる道すがら、朧月が空に浮かんでいてなんだか幻想的だった。特に、そんな夜中なので、駅からうちまでの間に1台しか車とすれ違わなかったので、ちょっと心細くなったところで月を見たので、どうもよけいいろいろ感じてしまったようだ。
朝になると、一枚の布団で猫5匹と寝ていて、なんだか心までほかほかと暖かくなってしまった。猫たちは朝御飯を食べると外に走りにでてしまい、私は、猫たちの食べ残しを片づけて机に向かった。食べ残しをなぜ片づけるかというと、猫の健康管理には、食事をきちんと決まった時間に与えるというのが有効だと北川動物病院の山村院長先生に伺っているからだ。
しかし、ここで、猫たちをみているといろいろなことがわかる。それぞれにキャラクターがあるのは当たり前の話だが、とくに、ことんと八雲は本当にやさしいのだ。ちいさな虎千代と飛影は、お互い同士でひどくじゃれ合うのはもちろん、八雲や、ことんにもかかっていく。そういうときの八雲のいなしかたというか、相手のしてやり方は、実におだやかでやさしさにあふれている。
この小さい子を大きい子が上手にかまってやるというのは、まだ小さかった八雲たち兄弟4匹をたびがかまってやるときも同じだった。たびは、通称『ガウる』といわれる癇癪持ちの猫だけれど、どれほどしつこくからまれても、4匹の子猫によってたかってかじられても、つめを出したり、本気でかじったりしたことはなかった。むしろ力の加減のできない子猫たちに、耳をかじられて血を流したり、鼻のまわりに子猫のつめでできた小さなかさぶたをたくさんつくったりしても、子猫たちに傷を負わせたことはなかった。そのあたり、じつに見上げたものだったのだ。
遊び疲れて、小さい子たちが八雲の回りに来て横たわると毛繕いをしてやり、枕にされて寝ている。実に性格のいい猫だ。しかし、この八雲、得意技はトンボ取りだ。去年は、毎日獲物を10匹くらいは見せに来た。今年は、もう、トンボのシーズンが終わってしまっているので、そんなこともないが。
今日は、落ち葉の雨が降っている。窓の外の黄金色の世界ももうそろそろおしまいだ。八雲が木の葉を捕まえようとジャンプしている。元気な奴だ。
夕方から雨になる。トタン屋根に雨の当たる音がして、気持ちが騒ぐ。雨の音は嫌い。
11月6日
朝、雨戸を開けると快晴。大きい子3匹は元気に遠くまで走って行くが、相変わらず小さい2匹はプロレスごっこの方がいいみたいで、あまり外で元気に遊ばない。昼過ぎに5匹を連れて散歩に出た。大きい3匹は去年も同じように散歩に行ったので心配なかったが、ちびたち2匹がまず家から離れるまでがちょっと大変だった。抱き上げてしまっては意味がないので、家から10メートルくらいのところで名前を呼んで、呼び寄せる。それから、一番遅い子に合わせて歩きながら、遅れる子の名前を呼びながら散歩するのだ。先に行った子たちは、私の方を振り返り振り返りあっちの木に登ったり、こっちの藪につっこんだりと大騒ぎだ。30分くらいゆっくり歩いて、みんな一緒にうちに戻ってきた。初めて遠くまでいった二匹の子猫は、しっぽをぶっとくしてがんばって歩いて、木登りや、木の柵の上歩きや、全速力に挑戦してくたびれたか、争うように私の膝で眠ってしまった。
あれやこれやに熱中していたら、夜中になってしまった。
11月7日
朝、窓を開けたら、びっくりするような青空で、居間の窓から見える西の山に雪の白がかぶり、外は一面の霜で真っ白だった。いつものように元気に出ていったことんとたび、八雲は、おそるおそる冷たい霜の上を歩いている。去年は、雪の上を歩いてみたのに、忘れちゃったかな。その霜も8時半頃には太陽の光できれいに融けてしまった。
朝食後、また、5匹をつれて散歩に出た。一緒に連れて出れば、飛影も虎千代も結構歩くのだが、やはり自分から元気に歩き回ったりはしない。そのあたり、まだ経験が浅いのか、それとも臆病なのか、ちょっとわからない。
11月8日
昼過ぎから、今夜の来客に備えて大掃除。ココはスペースが広いから、猫たちも掃除機から逃げ回ることはない。しかし、びっくりしたのは、たびの大嫌いな掃除機に大喜びで虎千代がのっかって遊ぶこと。ダイダンなり。
夜、8時半のあずさで東京からの来客到着。近くの石遊の湯はもう終了しているので、グリーンバレーの外湯へ。その後、軽く夕食を食べて休んだ。
11月9日
昼過ぎに、小松さんという、こちらでうちの面倒を見てくださっているおじさんが来てくださった。ちょうどよかったので、例の割れたガラスをみてもらったら、山の中に一人でいるのだし、何かあってからでは遅いので、ちゃんと警察に見てもらった方がいい、ということになって、再度警察に連絡した。そうしたら、この前電話をした翌日に見に来てくれたらしいが、私がお風呂にいっていた時間に当たってしまったらしく、留守だったという。結局、北山の駐在さんと諏訪の警察から二人お巡りさんが来てくれて、窓だけでなく、回りの壁を調べてくれた。猟は15日に解禁になるし、まだ、はやすぎるなあ、なんていっていたが、結局、エアガンに金属片の玉を詰めて打ったものらしいとわかった。目的はサバイバルゲーム。季節はずれの別荘地は、人気もなく、隠れるところも多いので格好のフィールドだという。なるほど。窓の中で眠っていた(?)猫をねらったらしい。無邪気に遊ぶうちの子たちを見ながら、「まあ、猫に当たらなくてよかった、かわいいねえ。」と、ちょっとほめてもらったりして。猫たちもこんなに広いところで遊んで育ったら、いいからだになるねえ、と幸せだねえともいってくれた。猫たちに外遊びをさせるのも大きな目的なので、ちょっと鼻が高かった。
お客さんは夕方帰っていった。深夜、新宿発8時のあずさで友人が来るはずが、列車内で眠り込んで終点の松本まで行ってしまった。結局、3時間遅れで茅野であえた。
11月10日
友達は、本を読みに来たとかで、ほっとカーペットの上に転がって本を読んでいちにちを過ごし、夕方帰っていった。
友達を茅野の駅に送って、帰ろうとしたら、同じ列車に乗るのかと思っていた外人が待合室にまだいた。どうしたのか訪ねたら、別荘などの内装デザインを仕事にしているカナダの日系企業に勤めていて、今日カナダから着いたのだが、この蓼科の現場の電話番号をなくしてしまったし、今日は日曜日で連絡を取るところもないという。このまま、待合室で夜を明かして、明日朝になったら日本の会社に電話して現場の電話を聞いて迎えに来てもらうつもりだという。駅の近くのビジネスホテルは、もう夜も遅くてしまってしまっていた。話をきいて、この寒い駅の待合室で夜明かしをするというのもあまり得策とは思えなかったから、もしよかったらということでうちに連れてきた。ちょうど昨日一昨日の来客の使った布団がほしてまだ出しっぱなしになっていたし、シーツと布団カバーと枕カバーを出してあげて、ついでにカップスープをごちそうして、寝てもらった。
11月11日
2階に泊まった外人さんステファンさんは、朝8時頃に起きてきた。二人でゆっくり朝御飯を食べて、9時になったら市外局番からは松本あたりにあると思われる彼の会社の日本の契約先に連絡して、現場というのがどこにあるのか聞いた。案の状、電話に出た人は英語がしゃべれなかった。ステファンさんに代わって場所を聞いたら、ココから南に少し下がったところのチェルトの森という別荘地だというので、車で送っていった。
帰りに買い物やお使いをすませて、うちに戻った。さて、アイデアをひねり出さねば。
11月12日
一日、紙を書き散らかしてすごす。まとまらない。頭がいたいぞ。
11月13日
部分的にはまとまってきた。この調子で少し先が見えてきますように。今週末が目標だった2週間目なのだが、だめだ。もう少し、がんばらないと形にはなりそうもない。
11月14日
夕方、小松さんが来てくれる。お茶を飲んで話をした。人と話すのは久しぶりのような気がする。
11月15日
茅野の20号沿いにケイヨーホームセンターというのがあるのだが、そこが新装開店して、開店セールをしているという。今日は朝から、冷やかしにいってみようと思っていたから、のこのこと出かけていった。
ついてみると確かにお店は広くなったけれど、あれこれ掘り出し物を探すのが密かな楽しみだったお店の雰囲気はかわってしまって、ちょっと残念だった。それでも、必要なものを買い込んできた。具体的にはセンサーで人が近づくと電気がパカッとつく、センサーライト(電球が二つつくタイプの製品が1877円だった。)を2つと安売りのトイレットペーパー、洗剤などだ。
それから、諏訪大社にお参りに。親友のまゆみちゃんのお願い事をかなえて頂に行ったのだ。まゆみちゃんのお願いを懇ろに拝んで、ついでに自分の今抱えている企画書がうまく行くようにとおまけで願ってきた。
ついでに、山に戻る途中のスーパーで猫のにぼしとパンを買って、最後に農協のマートで食料を買ってきた。
帰りに図書館に寄って、資料になりそうな本を借り出した。帰ってきたら、知識計画という会社から、東京に連絡が入っていた。版元品切れの本を探していたのだが、編集を担当していたのがこの会社だ。番号案内で電話を調べて、先週連絡を取ったのだが、何とか、探していた3冊全部見つかったという。ありがたい。早速お礼を言って、来週もしまだ、こちらにいるようなら、こちらに、週末に東京に戻るようなら、東京に送っていただくということで、月曜日に改めて連絡をさせていただくことにして電話を切った。
夜になって、最終のあずさで再びかず君が登場。
11月16日
かずくんは大爆睡。起きたのは昼過ぎ。猫たちが、彼の寝ている部屋のふすまを開けて、虎千代と飛影が中でおいかけっこしても、起きる気配がなかった。聞けば、11月は昼間毎日研修があって、夜になってから、一日のたまった仕事を片づけるので、ろくろく寝ていないとか。こちらは落ち葉のかさかさいう音と、近くの川の水の流れる音くらいしか音もしないので、熟睡できるらしい。
昼過ぎに起きると、いきなり昨日買ってきたライトを玄関につけてくれた。(電気工事士のライセンスを持っている。)これで、町に出ていて夜になっても、帰ってきて暗いのを怖がる必要がなくなった。ラッキー。
夜は、七輪で、焼き鳥や鰯、キノコなどを焼いたりして夕食。私は本を読んでいたが、かず君はゲームをしていたらしい。静かなよるだった。
11月17日
このところ、すこし調子がよくてよく眠れる。今朝も目が覚めたら8時をすぎていた。いつも、夜何度も目が覚めて熟睡できなかったのだが、それがちょっとよくなったようだ。
毎日はできない家の掃除を今日はちょっと丁寧にして、午前中がすぎた。窓の外の景色は、いつの間にか初冬のものに代わってしまって、冬木立に枯れ草の野原に、茶色の毛並みの虎千代や、ことん、白っぽい八雲、黒系のたびと飛影それぞれにどこらへんにいるのかが確認しやすくなっている。遠くの山もいつの間にか、雪景色だ。天気は曇りで、猫たちはあまりご機嫌がよくない。少し寒いのが、足の裏の肉球を通じてはっきりわかるのだろう。
猫たちは、土埃ですこし汚くなっているが、走り回っておなかがすくのか、よく食べている。かずくんは、アルプスで帰っていった。うちに帰ってきて真っ暗な中車で家に近づくと、ライトが明るくともった。ああ、快適である。
11月18日
今週いっぱいで、何とか企画書を片づけなければいけない。とはいうものの初めて手を染める仕事なので、勝手がわからない。五里霧中でしかも七転八倒状態である。色々な要素が出てくるし、知識は十分ではない。蓼科から、クロネコの本の宅急便で本もたくさん注文したし、毎日平凡社の大百科のCD−ROMを引きまくっている。茅野市の図書館から資料もかり出したし、本当に苦戦である。
とはいうものの、ありがたいこともある。今日も、ずっと探していたもはや版元品切れの本を、制作なさった会社の方のご好意で編集の方が持っておられる分を探し出していただいて、購入することができた。こういうことは、先方の会社に電話したときに電話に出てくださった方の資質によって、願いがかなったりそうでなかったりしてしまう。今回は、大変有能そうな、はっきりものをいう方が電話で応対してくださった。この方には本当に感謝している。
もし、この日記を読んでおられる方が何か本を探していて、もし版元品切れといわれたとして、どうしてもその本が資料的に必要だったら、以下のようにしてみることをおすすめする。その出版社に直接電話をかけて、多少の汚れや、表紙のあるなしなどは、かまわないから、とにかく本文を読みたいのだと訴えてみることだ。小さな出版社で働いたつたない経験でいうと、紙ヤスリをかけたり、消しゴムをかけたりしないと商品にはできない本が、それでも社内に残っていたりする事があるのだ。全然入手できないよりはましだと思えたら、そういう風にやってみてください。私は、今回、先に挙げた例以外にも、3冊の本をそうやって入手した。
自分が出版社にいたときも、そういうお客のためには、できるだけのことをしてあげていた。乱丁の本のかけたページを保存用の本からコピーして送ったこともあった。本はそういう意味で特別な商品だ。誰かにとって、この世に存在するたった一つの魔法の鍵であることもあるのだ。そういう何ともいえない焦りは私自身が大変身近に感じたことがあったから、そのなんとしてもその本を手元に置きたいと電話の向こうで絶望的な声を出していた人のためにできることを探してしまった。たぶん、出版社本来の仕事から言ったら邪道なのだろう。どんな商売でも完全でない製品を出荷するのはいけないことだ。対価をいただくのだから。しかし、しかしである。やはり本は特別なのだ。国会図書館には、ほとんどすべての本があるけれど、国会図書館は東京の霞ヶ関にしかない。地方の人には遠いのだ。
さて、日記にもどろう。この生活のなぐさめは、かわいい猫たちだ。机の上で寝て、仕事を手伝いたいといわんばかりに応援してくれる飛影を始め、何しろ猫まみれの生活である。夜になれば、一枚の敷き布団に猫が5匹と私が寝るので、少々手狭である。しかし、これが実に幸せなものなのだ。うふふ。体のあちこちがポアポアと暖かいし、なんだか日向臭いような猫のにおいもちょっとは嗅げる。(私、ちょっと危ない人みたいである。)
それにしても、アイデアって出そうで出ないなあ。
11月19日
恭子ちゃんが遊びに来てくれるというので、朝からうきうき。彼女の到着時間まで、きっちり企画書をつくって、茅野の駅まで降りた。途中、農協で、ミルクとヨーグルトを買い、茅野の図書館に寄り(別荘にあったいらない本を図書交換会に出してもらうために持っていった)、郵便局で切手を買って、駅へ。彼女を拾って、諏訪大社にお参りに行った。夕暮れの神社にはそれでも宝物殿に団体のお客さんがいて、なんとなく騒がしかった。私はいつものように、今日までの無事に感謝して、家族のこと、身近な友人知人のことをしっかりお願いして、最後に自分のことで手を合わせた。こうすると何となく気分がいいのだ。二人でお参りしたのだから、恭子ちゃんの願い事がちゃんとかなうようにということは重ねてお願いした。
帰りに石遊の湯に寄って帰宅。夕食を作って食べた。
しかし、せっかく恭子ちゃんが来てくれたというのに、私は、今週末の動物臨床医学会総会のために、動物臨床医学研究所のホームページの手直しを抱えて、夕食後はくつろいでいる恭子ちゃんを後目にひたすらキーボードをたたいている。ホームページの更新は、ホームページの魅力を減らさないためにも絶対必要だ。手間はかかっても、きちんとやらなければ。
昨日、送ってもらった、例の版元品切れの本は、佐川さんの手違いで今日は入手できなかった。明日の夕方になると言う。やれやれ。
11月20日
企画の大きなところはすぐできたのだが、細かなところがいろいろ問題だ。この作り込み作業に入ってから、かれこれ2週間だけれど、思ったように行かない。自分の能力の限界をみるような思いだ。もっともこの手の企画を作ったのは初めてだから仕方ないか。
今日は、石遊の湯がお休みなので、お諏訪様にお参りに行った後、ジャスコによって、帰りに北山の河童の湯まで足を延ばして入ってきた。恭子も今日はくつろいでいるようで、ホットカーペットの上で猫たちとごろごろしている。ゆっくりしてけよな、恭子。帰ったらまた、大忙しなんだからさ。
11月21日
11時頃に家を出て、まずは農協へ。恭子はいろいろ買って宅急便を送っていた。その後、最後の御諏訪様参りにいって、その後、諏訪インターの近くの小作でほうとうを食べて駅に行った。恭子は駅でまたもやおみやげを買って、最後に駅弁まで買って帰っていった。家で一人待っているお母さんのためだ。その気持ちは実によくわかる。ありがとう恭子。また遊ぼうね。
11月22日
昼間、日曜日の引き上げることに決めたと電話を入れたら、小松さんが会いに来てくれた。冬もいられるよと勧めてくれたが、車がこちらの越冬には向かない車なので、軽の中古が買えるようになったら、ね。とはなしてまた、大笑い。とにかく、こちらに住み着きたいのが本音なのだから。でも、仕事のことやら、生活のこと、年老いた両親のことなど考えるとなかなか。それらの事情をよく知っている小松さんが、からかっているのだということはわかっているのだけれど。来年の再会を約束して、別れた。
夜、こちらで昨年できた友達がもう帰るというので会いに来てくれた。いろいろな話をして盛り上がってしまった。なにやら、忙しい人なのだが、なにより、心の暖かなのがありがたい。
11月23日
御諏訪様のお参りの帰り、農協でかめ虫の被害にあったというリンゴのサンふじが5キロで980円で売っていたので、20キロ買って、リンゴの空き段ボールをもらってつめて、東京の母に送った。母は、体をこわして以来、リンゴのジュースを飲むのでこういうリンゴをとても喜ぶ。農協の青果部のお兄さんとは、ラフランスやらなにやらですっかり顔なじみなのでよくしてもらった。来年もまたよろしくと頼んで農協を後にした。
11月24日
午前中は残っていた仕事を片づけて、その後、大忙しで別荘をしめる準備をした。布団カバー、シーツ、枕カバーに始まって、それこそ、こたつの上掛けまで使ったものはすべて大洗濯大会をして、洗っては干し、洗っては干し。こたつもホットカーペットもあげて掃除機をかけ、猫を追い散らかしながらくるくると片づけた。残りの食料ももって、撤収準備が終わったのが7時過ぎだった。
猫たちも、十分に走り回ってたくましくなったし、私もそれなりに仕事も進んだから、まあ、いい3週間でした。はい。別荘とは春までさようならだ。また、みんなでこようね、にゃっこたち。
11月25日
蓼科にいる間にいろいろためてしまった問い合わせなどを片づけて、昨日持ち帰った荷物を整理して一日が終わった。夕方、恭子ちゃんが決算書を持ってきてくれた。彼女には本当にお世話になっている。いつか、埋め合わせをせねば。
夕方になって、「朝みたら、駐車場に車があったから、帰ってきたのわかったし、猫と遊べると思ってきた」と塾帰りに知美が遊びに来た。そのまま、10時過ぎまでテレビを見て帰っていった。妹のようなもので(一説によると娘という人もあるが)かわいくてしょうがないものだから、つい「あなたまさかと思うけれど、ベルなんて(ポケベルのこと)持ってないわよね」と聞いたら、「心配しなくても、あんなものに興味ないよ。」とにこにこしながらいいお返事。ちょっと安心。ついで一言「援助交際とかもさ、雑誌でいろいろ変なの読んだから、ああいうのも全然気持ち悪いしさ、私は大丈夫。」あはは、読まれとる。14歳の割にナイスボディなので、ちょっと心配していたのだが、この子は本当にある意味大人なのだ。つくづく、いい子である。
また、まゆみが会社帰りに早々に虎千代を迎えにきた。よほど猫のいない生活がつまらなかったらしい。頭のてっぺんから声を出して、「とらちよーーー」と名前を呼びながら猫を抱きしめていた。猫をあげたことで、この人の人生を狂わせてしまったかと、ちょっと気がさした(冗談である。)
11月26日
午後都心で人に会っただけで後は、ひたすら家で煩悶して終わる。かろうじて成した行動は、猫たちを予防接種につれていったこと。たびとことんと八雲は二度目。飛影は初めてだ。大きい子たちは軒並み体重が減っていて、獣医の山口先生に「そんなに走り回るんですか」とびっくりされてしまった。
帰宅して、西遊旅行にお正月のイランの遺跡ツアーのキャンセルをお願いした。理由は、年内に予定があり、23日に出発できないため。ちょっと残念だったが、不思議と大切なものをはずしたという感じはしなかった。なぜだろう。
11月27日
徳島から、友人のお坊さんが上京してきた。昨日、高野山の専修学院(僧侶になるための学校)の同窓会が横浜で会ったとかいう話だった。6月にあって以来なので、久しぶりに一緒にどこかにお参りに行こうということで、前々から予定を知らせてくれていたので、今日は心待ちにしていたのだ。
待ち合わせ場所に行ってみると、なんと、往来の真ん中で、おにぎりを食べながら待っていた。本人の弁によれば、その方が時間が節約できるから、という。なんてえやつだ、と思ったけれど、よく考えたら私も映画の仕事をしていたときは、平気で道ばたにしゃがんでご飯食べていたから大したことでもないなあ。うん。
まず、大宮の氷川神社へ。ここは、出世のお願いの祈願をするのにいいと、物の本に書いてあった。もう、紅葉は残りわずかといったところだったが、それでも池のほとりや、社殿の脇などの紅葉がきれいだった。友達は、ゆっくりと御経本を開いてお参りをしていた。私は、いつものように、まず、お参りにこれたことと今日までのご加護のお礼を言ってから、まず、家族のこと、ついで友人のことを祈っておいた。(自分のことは、わざわざ祈らなくてもかなうときはきちんとかなえてくださる)
つぎに大宮から、西日暮里にいって、駅のすぐ脇の坂をあがった諏訪神社へ。ここは、開運のお願い事をよく聞き届けてくださるという。線路脇の丘の上の境内は思ったよりずっと静かで、駅のアナウンスだとか、線路向こうの町のざわめきなどが聞こえてなんだか一息ついてしまうようなありさまだった。ここも、境内のほこらなどすべてに手を合わせて失礼した。
最後は、西日暮里から駒込までもどって地下鉄に乗って四谷にでて、そこからタクシーで赤坂の豊川稲荷へ。ここの塀の上には有名芸能人の奉納した提灯が並んでいるほど、芸事などの神様としても御霊験あらたかなお寺である。私も、ここのおいなりさんには助けていただいたこともあり、赤坂の周辺に立ち回ると可能な限りお参りをしている。また、ここの境内にあるお茶屋さんの菊屋のお母さんには本当にお世話になっていて、お参りの仕方だの、祈願のかけかたなどを教えていただいた。このころからひどくなった雨の中、ゆっくりお参りをして失礼した。
お寺の前の虎屋で友達におみやげでもたせるお饅頭を買って、駅へ。地下鉄で新橋にでて、友達とはそこで別れた。結構くたびれたけれどゆっくりお参りできてよかった。
帰宅後、西遊旅行のパンフレットをぱらぱらとみていて、シリアとヨルダンのツアーを発見した。これなら、パルミュラとペトラにいける。もっとも、一番ホットな正月休みのための日程だから、今から申し込みがどうだかわからないが。問い合わせてみると、まだ、空きがあるという。お金の算段もあるので、また改めて返事をさせていただくと言って切った。
11月28日
企画書が進まなくて家で腐っていたら、友達から電話があり、夕方5時からのナイトパスで池袋、サンシャインシティのナムコのアミューズメントパーク、ナンジャタウンに行かないかと誘いの電話があった。このナンジャタウンは、友達と4人で行く話があって、なかなか進まないでいるのだが、先に行ったら裏切りかなあと思いながら、つい、出かけてしまう。というのも、このナンジャタウンは、メインキャラクターがナジャブという猫ちゃんで、施設全体が猫まみれという私にとっては、まさに猫に鰹節なのだ。
久しぶりの池袋なので、用足しもして(アニメイトに交換してもらうことになっていたレーザーディスクを持っていった)待ち合わせの場所へ。いらない荷物をコインロッカーに入れてからナンジャタウンへ。まず、猫がついているクレジットカードのナムコカードの申し込みをして、それから入場券を買って、中へ。入場券は、ナイトパスだ。5時からの入場でも、10時まで5時間あるからちゃんと遊べる。中に入ったら、外では300円だったコインロッカーが200円で整備されていた。ちょっとはやまったかも。
ついで、ナンジャビザをかって、園内でスタンプラリーみたいなものをする事に決定。これは5つの会場内の部分ごとのビザを集めるだけで、向こう1年間入場料が2割引になり、88のスタンプを全部集めると1年間入場料が半額になるのだ。猫のナジャブと遊びに通い詰めるのは当然の成り行きだから、しっかりこれを今日すましてしまおうと思った訳である。
ナンジャタウンそのものは、実によくできた施設で、どう考えても、ナムコが採算を度外視して運営しているとしか思えなかった。時間の経つのも忘れて、はんこを集めたり、中にある商店を冷やかしたりして久しぶりに思いっきり遊んだ。夕食も、福袋7丁目商店街で猫の姿のお寿司を食べ、心ゆくまで楽しんで、9時50分頃にナンジャタウンをでた。でたところで福引きをして、平日の無料招待券をもらってきた。友達は、ペアでいつでも入れる招待券をもらっていた。また、来よう。
11月29日
朝、一番で池袋に。用事を済ませたらあっという間に、12時になってしまって、あわてて帰宅。いい天気なので、シーツを洗濯して干して、近くの新しくコンビニを作って古い方のお店を閉店するお店の、売れ残りの猫の餌を買い取ってあげるために出かけて、病院で足の治療をしてもらって、その後、決算書を出しに税務署と事業税を支払いに都税事務所へ。うちは9月決算なので、今日が締め切りだった。
夕方、帰宅して西遊旅行に改めて、12月31日出発のシリア・ヨルダン古代旅行に申し込みをした。今日から食費を詰めましょう。お小遣いをためなければ。
その後、あれこれ本を眺めながら考えて、夜になって、K先生のところへちょっと相談に。ああ、進まない。
11月30日
一向にはかばかしい進展を見せない企画書に、いらいらがつのる。それでも、なんだかんだとしなければいけないことはあったりして、時間だけが過ぎていく。
昼過ぎに、虎千代の猫砂と餌をうちの近くのペットショップが安いので、そこで買い込むためにまゆみ登場。近いといっても、車で10分くらい。(東京では、近いとはいわないかもしれないが。)私も、飛影のために餌を買った。まゆみちゃんは、用事が済んだらすたこら帰ってしまってちょっとさびしい。
夜になって、新しい発想がでて、すこし進展。