2月1日土曜日


 朝、8時起床。猫達が朝御飯が待ちきれず、にゃあにゃあ状態。いい目覚ましよね。
 午前中、病院へ。また、お注射である。うーん
 その足で、イトーヨーカドーにたまごっちの販売抽選に登録しに行って帰ってきた。今日は、猫達をお風呂に入れて、アクセスのマクロの本を読んで、メールの世話をしたらいい時間になってしまった。猫のお風呂は、3時間ちょっとかかったし。ふう。


2月2日日曜日


 午前中にいやなメールがあって、ニフティはおやすみ。
 一日、ホームページの手直しをしていた。新しく、昨年のウズベクや峠越えのページを作ろうとしたら、資料整理が必要なことがわかった。それに結構時間をとられて、できあがったら午前3時だった。


2月3日日月曜日


 仕事から帰ったら、21年ぶりで先週ご連絡をした、昔、宇宙戦艦ヤマトの作画監督をしていらしたAさんから電話があった。明日、仕事の帰りにお会いすることになる。ありがたい。ちょうどご相談したいこともあったのだ。
 昨日から作り始めた、昨年秋の山越え旅のホームページを作り、メールの返事を書いて寝た。


2月4日火曜日


 仕事が終わってまっすぐ先方の会社へ。Aさんとは、じっくりお会いするのは実に21年ぶりだ。懐かしいとおっしゃってくださって、二人で居酒屋へ。Aさんと知り合った頃の私は、アニメの追っかけの第一世代の走りだったのだ。アニメスタジオに出入りし、ひいきの声優さんの録音スタジオに見学と称して押し掛けたり、まあ、今思えばとんでもない中学生、高校生時代だったのだ。
 おもしろい話を聞いた。
。  私が昔、Aさんの働いていたスタジオに出入りしていた頃は、私も子供で、いろいろなことに配慮が足りなかった。人の職場に遊びに来ているのに、騒ぐし相手をしてもらっていい気になっていたような所があった。長じてそのころのことを思い出すと、何とも情けない、顔から火の出るような思いをしたものだった。そのことを話すと、Aさんはけらけらと笑って、
「それは、デジャヴの親戚で、ヤダヴというのですよ。思い出すのもイヤだから、ヤダヴ」
 デジャヴというものがある。日本語で言えば既視感というもので、初めてきた場所なのに前に 来たことがあるように感じるというか、すでに見たことがある光景に思える現象を言う。大笑いである。
 また、オウムのことに話が行くと、
「あれは、悟りのバブルですよ」
と一刀両断である。確かに、お金を払って、人より早く悟りの境地に達したいというのは、バブリーな話だ。
 また、大笑いだった。
   その後、カラオケに行って、お約束の『宇宙戦艦ヤマト』から初めて、アニメソングやら、ボブディラン、ビートルズなどの歌を二人で3時間歌いまくって別れた。
 懐かしくて、暖かくて、いい夜だった。何よりも、いい女になったねえと言われたのがうれしかった。それが、いい大人になったね、という意味だから。
 ありがとうございました。


2月5日水曜日


 帰宅後、このごろの日課のニフティのメールに返事を出す作業をしてから、手紙を3通書き、今日連絡のあった、ホームページの手直しの依頼の作業をした。2件ぶんだったので時間がかかってしまった。それでも、今日は早く寝られて2時過ぎに布団に入った。


2月6日木曜日


 夕食を作って食べ、ニフティのメールに返事を書き、そして、今、ホームページをなおしている。昨日の依頼された作業の細かな手直しもしたし、今日は、あとは大きなまとまりの仕事しかないので、少しはやめに2時前には寝られそうだ。
 うれしいな。


2月7日金曜日


 ホームページの面倒を見ている会社の依頼で、簡単なテキスト部分のメンテナンスに必要なHTMLのテキストを作るべく、あれこれ考えていた。全部を網羅するなら、市販のテキストでも、ウエッブのサイトにもよくできたのがある。私が作るのは、ほんのちょっとメンテナンスしたり、テキストを書き換えたりするのに必要なメモの親方みたいなモノだ。どこまで、何を作ればいいのかなと思って迷っていたが、結局、ホームページに使っているHTMLそのものに、注釈を書き込んであげることにして、早速作業。
 夜中近くになって、友人から電話。相談に乗っていたら遅くなってしまった。


2月8日土曜日


 午前中、メールの返事書き。3時間くらいかかった。昼から、自分のホームページの昨年9月の旅行の部分を作っていた。
 夕方近くなって車を使おうと思ったら、バッテリー上がり。JAFにきてもらった。見てもらうと、バッテリーが寿命のようだという。ダイナモに問題はないというので人安心したが、でもバッテリーは買わなければならないという。ちょっと、予算にないのでびびる。
 板橋の小茂根のオートバックスに行って、バッテリーを買い、交換してもらったら、21000円かかってしまった。げげ。予定が大狂いだ。
 車の修理から帰ってきてから、近くの友人の家で夕食を呼ばれて、その後、またホームページをつくり、少しゲームをして3時過ぎに寝た。


2月9日日曜日


 朝、9時にのそのそ起き出して、江東の運転免許試験場に車の免許の更新にいった。無事故無違反で優良という区分だったから、本当は最寄りに警察でウィークデイに出来るのだが、仕事が休めない。というわけで日曜日の更新となったわけだ。9時40分に試験場に着くと、もうものすごい人の列だった。更新申請書を書いて、写真を貼って、と手続きが終わるまでに40分、それからさらに40分くらい待って更新を受けた。なんだか、金色のマークの入った免許が来たけれど。何か意味があるのかしら。
 年に何回か、東京警視庁の全面協力を得て取材した、『交通戦争24時』みたいな番組が放送されるのをご存じだろうか。私は、あれが嫌いだ。これでもか、これでもかと事故の実体と悲惨さを見せてくれるから。でも、新聞のテレビ欄で気がつくと、必ず見ている。なぜかというと、あれを見て、事故の発生原因とかその他諸々の情報を与えられると、安全運転になるからだ。私は一人でだいたい年に12000キロから15000キロくらい車に乗る。あの番組を見て、事故の加害者、被害者共に陥る事故後の地獄とか、無謀な若者の運転とかを見ると、とにかく運転が用心深くなり、スピードなど出す気もなくなる。ひたすら、思いやりの運転で安全に目的地に到達する事だけを目指すようになるのだ。だから、嫌いだけれど、必ず見るのだった。一つは、自分の運転に戒めをもたらすために、そしてもう一つは、他人の幸福をぶちこわさないために。
 その後、東京駅へ行って、東京中央郵便局で、故手塚治虫さんとその描いたキャラクターのデザインされた記念切手を買った。どうせ、たくさん使うのだから、スキなのがいいから。
 そして、赤坂の豊川稲荷にお参りに行ったら、偶然今日は初午で、お祭りだった。お参りした後、いつものように境内のお茶屋さんの菊屋へ。菊屋のおかあさんに新年の挨拶もまだだったから、挨拶をして、うどんを食べて帰ってきた。
 最後は、池袋のアニメイトで、不良品のLDを交換してもらったのを受け取り、東急ハンズで昨年中央アジアで作った果実酒を入れる瓶を物色した。これで一応終わりである。
。  帰ってきてから少し猫達と昼寝をして、そのあと、ホームページを作って、今、それも終わろうとしている。これを書いてFTPしたら、お風呂に入って洗濯をして、本を読もう。この前出したのとは違う企画書のアイデアを作らなくては。
。  さてさて、3時までには寝たいなあ。


2月10日月曜日


 派遣会社と相談の上、派遣先をやめたいという話を、派遣会社と派遣先の総務部長にした。いろいろ考えたのだが、私はパソコンのオペレータという職種で、この会社にマイクロソフトのエクセルとアクセスのマクロを組むために派遣されているのだが、何より困るのが、仕事で使えるパソコンがないのだ。パソコンのオペレータで入っているのに、古いFMVが与えられているだけで共用のウインドウズマシンにはさわれない日もある。忙しく働いている他の部署の派遣仲間からは、暇でいいねといわれるし、何しろ、オペレータの時給はちょっとお高い。私は、毎日、キーボードを操作することなしに、マクロのデザインを考えたり、あれこれアプリケーションの解説本を読んで過ごすのが本当に気が重かった。仕事をしていないわけではないが、外見上、仕事をしているように見えないからだ。きちんと働き、お給金をいただくという当たり前の状態にしたくて、直属の部長に何度も直訴をしたのだが、取り合ってもらえなかったので、やめる方がいいと思ったのだ。はっきり言ってとても居づらかったのだ。
 総務部長からは、とにかく少し待ってくれと言われて、話の結論は出ないままで終わった。
 


2月11日火曜日


 昼過ぎ、玉青から電話。このところ姿を見せなかったので、忙しいのかなと思っていたのだが、「そろそろ猫の禁断症状が出たから、行ってもいい?」という電話だった。電話を切ってすぐに「どうも」と言って玉青が登場。うちにくるなり、猫まみれになって、大歓迎されている。猫達は、昨年の私の長期不在の時に、まめに面倒を見に来てくれて、遊んでくれた玉青が大好きなのだ。なにしろ、家を出て一人暮らしの玉青のアパートまでうちから直線で20m。道を歩いても30mぐらい。同じく50mあるけば、玉青の妹の友美の家である。友美は、犬を飼っているが、トリマーになりたいと思ったというほど犬猫好きの玉青にとっては、電話さえすれば、いつでも会いに来れるうちの猫達は、自分の猫とほとんど同じだ。
 私には、もう何年も会っていない姉がいるが、精神的には、この玉青、友美姉妹が本当に妹のようにかわいい。彼女たちから見て私がどういう位置づけかはわからないが、とりあえず、毎年、夏になると一緒に山の家に出かけるし、「おねえちゃん」と呼ばれて、結構、口うるさく説教したりして仲良く過ごしている。玉青が24才、友美が14才だから、両方とも、ある意味で娘盛りでかわいいことこの上ない。長い旅に出るときなど、まず、玉青と友美の予定をチェックしてからでなくては、出かけられないので(猫達をおいていく場合は)、これをうちでは、猫合わせのスケジュールと呼んでいる。いろいろ話し込んでいたら、つい時間がたってしまった。
 一日、あれこれと事務をしていたら時間が経ってしまった。


2月12日水曜日


 午前中に、12月の末に企画書を送った知人から、自宅の留守電に連絡があり、折り返し電話をかけてみた。すると、いろいろ当たってみたけれど、製品化の可能性が見いだせなかったという返事が来た。内心がっかりしたけれど、それでも、この知人のことだ、出来るだけのことをしてくれたのだろう。篤くお礼を言って電話を切った。さて、また、何かの可能性を探さなくては。最後までトライしなければ、せっかく作った企画がかわいそうだ。
 今日の夜は、1月から何回かコースを取っていたパソコンスクールの最終日で、エクセル95のマクロを勉強しに行った。


2月13日木曜日


 朝、会社にいくと、上司に呼ばれる。あれほど、本人に、居づらいからパソコンを使えるようにしてくれないかと話したときは、取り合わなかったくせに、総務部長から言われたのか、パソコンは使えるようにするから、もう少し辛抱してもらいたいという話になった。そして、いきなり、2月中に、2つマクロを組んでくれと言う。前から、仕事は与えて合ったと言うことに、話もいつの間にか変わっていたが、結局、仕事さえ出来ればいいわけだから、わかりましたと返事をした。
 ふたを開けてみたら、パソコンに、ウインドウズ95から全部、再インストールする必要がある。やれやれだ。しかも、起動ディスクはありますね、と念をおして始めたのに、結局ディスクはみつからなくて、私にはお手上げ状態。やっと95が立ち上がると、今度はCD−ROMドライバがないという。あれあれ。
 結局、ドライバを持っている他の部署の人が来るまで何も出来なかった。  帰りにYKさんとお食事をして帰ってきた。来週誕生日なんだ、なんて言う話やら、この一年の思いで話に花がさいた。  とても寒い日で、家に帰って台所のドアの前まで出迎えにきた猫達のうち、だっこと伸び上がった『たび』を抱き上げたら体の片側だけ、あたたかかった。さては、ホットカーペットの上で寝てたね。いいなあ。外寒かったよ、なんて言いながら、ほおずり。やはりうちはいいなあ。


2月14日金曜日


 帰宅したら、企画書を提出してみてはどうかと、大変懇意にしていただいている方のご紹介で昨年お会いした方から、先方企業のご担当者を指名した紹介のメールが来ていた。ありがたい。来週やってみよう。
 玉青が来て話をしていたら、追いかけるように友美もやってきて、結局午前1時頃まで遊んで帰っていった。玉青は、デジカメと素材のcd-romをもって帰った。


2月15日土曜日


 午前中から、母のお使いで忙しかった。お使いで家の裏手の丘の方に行ったのだが、ついでに、中国からの引き上げの人がやっているお肉やさんで、肉まんや野菜まんなどを買った。母も、もって帰りたいというので、練馬の実家の分も買った。時間が早かったので、饅頭はいっぱいあって、ラッキーだった。ゆうがたになると、売り切れだったり今作ってるだったりして、なかなか欲しい数が買えないからだ。  家に帰ってから、ふらふらと駅前にだめになった旅行用の運動靴の代わりを買いにいったが、いいのがなかったので、車で近くのディスカウントストアに出かけた。夕暮れに外に出たら雪がちょっとだけ舞ってきた。しみじみ寒かった。


2月16日日曜日


 昨夜、夜更かしになってしまって、明け方寝た。寝る前に猫達にご飯をあげて寝たので、ゆっくり寝られた。しかし、目をさまして耳をすませたら、雨の音がする。久しぶりのお湿りなんだね。今日は、お部屋の掃除をした。猫達の抜け毛がすごいのだ。今週は、火曜日がお誕生日だ。ケーキぐらい買おうかなと思ったけれど、時間が遅くなっていて、きっといつも買っている気に入ったのがないと思ったので、やめてしまった。
 玉青が少し早いけれどと、誕生日祝いを持ってきてくれた。いいのに、気を使わなくても。世話になっているのは私の方だよ、玉青。


2月17日月曜日


 夜、仕事を終えてまっすぐに帰宅して、猫達と遊んでいたら、誕生日を一日間違えて、プレゼントを持った友だちが襲来。車でかっさらわれてファミレスでお茶してもどる。ふえー、一日間違えたからって、日があけるまで待つんじゃない。くたびれたよ。でも、ありがとね、Cちゃん。


2月18日火曜日


 誕生日。朝起きたら、目がまわる。三寒四温の季節は、出やすいとは聞いていたが、メニエル氏症候群だ。ついてないな。目がまわって気持ち悪くて立ち上がれないので、お医者さんに往診に来てもらった。
 今日は、さしみ買って帰ってきた。猫達に軽く、かりかり(ドライフードのこと。食べるとき、カリカリ音がするから)をやってから、小さなお盆を4つだして、その上に猫達のそれぞれの茶碗をおいて、お刺身を一緒に食べた。一列になって、目を輝かせた猫達がとてもうれしそうだった。
 お刺身は最初は、猫に半分あげて残りを自分が食べるつもりだったのだが、あまり猫達が喜ぶので、全部あげてしまった。
 今日昼間、先週の土曜日に紹介された会社に企画書の件で電話をしてみたけれど、該当の仕事をしていないと言うことで話は発展せず。また、夜、親友が誕生日に間に合うように、やはり知っている会社に企画書の件を売り込んでくれていたらしかったが、それがだめだったという連絡があった。道は遠いなあ。


2月19日水曜日


 派遣先の部長のことでとうとう切れて、延ばす予定の契約を今月で切ってもらいたいというファクスを夜遅く、派遣会社におくった。やはり、だめなものは、だめだと痛感した。


2月20日木曜日


 朝、電車に、風呂敷につつまった猫が乗っていた。ケージが風にあたらないようにと、風呂敷で包んであったのだ。猫を連れている人は、体の大きな男の人で、革ジャンなどきてちょっと怖そうだったけれど、時折猫に話しかける声はとても優しそうだった。
 ふと思い出して、以前話をしたことのある派遣会社のコーディネーターさんに電話して、派遣の仕事がないかと問い合わせた。3月のはじめからの仕事が必要だからだ。早速目黒の会社を紹介される。話を進めてみてくれと話して電話を切った。
 家に帰ると、先日お食事をしたYKさんからの書留が郵便局預かりになっているという連絡が入っていた。夜遅く、友だちが、誕生日プレゼントのたまごっちをもって襲来。夜中まで、話をした。


2月21日金曜日


 たまごっちは、会社の同僚の渡辺さんちへ。私は家に、小さなにゃあにゃあいうたまごっちもどきを4匹も飼っているのでいまさら、デジタルで飼わなくてもよかったのだ。ご飯や、おやつを食べたり、うんちをしたり、遊んでやらなければすねるところだとかはまるっきり一緒だし。昨日、持ってきてくれた友だちも、それは、わかっていたらしく、それでも、話題の商品だからと手に入れてくれたらしい。渡辺さんも、土日遊んでみれば、飽きるわね、きっとと、言いながらもって帰った。旦那さんが喜ぶだろうと言いながら。今は、誰でも、ちょっとはやってみたいモノだと思うから、誰かが喜んでくれればそれでいいよね。
 別件で電話をかけた、k先生から企画書を提出してみてはどうかという紹介があって、先生のご友人と連絡をとった。
 また、別方面で企画書を出した人からは、畑が違うから製品化の力にはなれないけれど、大変おもしろいというお褒めの言葉をいただいた。なんとか道をさがしてみよう。
 友美が遊びに来て、猫達と遊びながらテレビを見て帰っていった。


2月22日土曜日


 午前中、ばたばたと連絡をとり、ひるすぎ池袋に昨日K先生からご紹介いただいた方にお会いしにいった。企画書をお渡しして、いろいろ話をして別れた。可能性があるかどうかは、4月にならないとわからないと言う。まあ、それでもいいよね。
 今日は、友だちが遊びに来る。その子がどんぶりモノが好きなので、池袋の帰り道、山の上のこのあたりでは有名なお肉やさんで、豚カツを二枚買って帰ってきた。そして、郵便局に不在で預かりになっていたYkさんからの郵便を受け取り、商店街の行きつけのゲームやさんで『サクラ大戦花組通信』と『トゥームレイダース』というゲームソフトを買って帰宅。
 夕方、友だちが来たので、野菜たっぷりカツ丼をどーんと作ってあげたら、大喜びだった。


2月23日日曜日


 友だちがちょっとトラブルに巻き込まれたらしく、あれこれ電話があり、対応に追われた。この子は、本当に元気で幸せにしているときは、電話をよこさないのだが、困ったことがあったり、参ったりすると電話をよこしたり、訪ねてきたりする。まあ、頼りにしてくれているのだけれど、今は、自分も不安定なときなので、ちょっと話題が重たかった。


2月24日月曜日


 今日、帰ってくるはずのたまごっちは、渡辺さんの旦那さんがはまってしまったそうで、万が一のこと(たまごっちが死ぬこと)があるまで、そのまま遊んでいてもらうことにした。楽しいなら、それがいちばん。
 会社が終わってから、マルチメディア系の仕事の依頼がおおいと言われている派遣会社に、登録に行った。特に、ホームページ関係の派遣もあるという話だったし。そこで、就職をする気はないかと言われたので、いいお話があれば、という返事をした。すると、帰宅すると、留守電に会社を紹介したいという電話が早速入っていた。電話をして、よろしくお願いして電話を切った。  それから、ご飯を炊いて、夕食。ちょっとくたびれた。


2月25日火曜日


 今日は、金曜日にきれいにやめるためにも、残業をしようかと思ったけれど、体調不全で、すたこら帰ってきた。駅前のビルで、お肉を少し買って、うちの近くの小さなスーパーでうちでは作れない(あのお店のたくさん作ったおいしさは出ないと言う意味だ)おからの炒り付けを買って(これがおいしいのだ)、おうちでご飯をした。今日は、読みたい雑誌があったので、猫達と遊びながら雑誌を読んで過ごした。 


2月26日水曜日


 先週から、話を進めてもらっていた3月からの派遣先候補の企業から、3月に香港に行くことになっている日程が、ちょうど先方の忙しい時期に当たっているのでということで、断ってきたと派遣会社から聞かされた。それじゃあ、何か別なところはないですかと、コーディネーターの人にきいたところ、うちにはないけれど、よその営業所にも声をかけてみますと言ってくれて電話を切ったのが、3時頃。それから、約3時間で18件紹介された。ポケベルが鳴り放題だった。これには驚いた。いままで、こんなことはなかったのだけれど。昨年の秋に、まぐれで受かった、通産省システムアドミニストレーター初級の資格が効いているのか。わからない。しかし、ちょっとうれしかった。仕事はありそうだ。結局、一番最後の紹介の企業に行ってみたいと言うことで、先方に明日、連絡を取ってもらうことにした。
 別な派遣会社に登録に行ったけれど、場所が、広尾から新宿に移っていて、再登録出来なかった。
 夜、今働いている派遣先の渡辺さんと樋口さんにあげるプレゼントをつくった。作ったと言っても、今日買ってきた、猫と犬の便せんがかわいらしい透明ケースに入っている便せんセットにうちに買い置きである、タオルハンカチだの、いただきモノの香水だのを河合らしく詰め合わせにしたものだ。旅行がつづいていて、どーんとプレゼントは買えないけれど、でも、何かしたかった。本当によくしてもらったから。すてきな人たちだった。
 夜遅く、まゆみから電話。今日、派遣会社にたくさん仕事を紹介されたよ、って話したら、大喜びしてくれた。よほど心配していたらしい。ごめんね、いつも、いつも。でも、彼女も、2年近く続いた、苦労の時代が終わって本当にいい職場と巡り会ったらしく、12月から行き始めたその会社がとてもいいと言っていた。よかったよかった。


2月27日木曜日


 職場に、今のところに私を派遣してくれている派遣会社から電話があり、大急ぎで面接に行ってもらいたいという。そこで帰りに、新しい派遣先になるかもしれない外資の会社に面接に。仕事の内容が盛りだくさんと言えば、聞こえはいいが、そんなに一人でできないなという量だったので、断る腹を決めてきた。
 自分にご褒美のつもりで、最寄り駅の回転寿司やでお夕食。このお店には、前に本当に世話になったことがある。もう、2年前くらいのことだが、正社員で就職したある小さな出版社で、入社するなりごたごたといろいろあって、本当に参ってしまって、ある日とうとうやめることにして昼前に荷物をまとめて帰ってきたときに、お店に寄ったことがある。自分では、そんなに参っているという感覚はなかったのだが、いざ、お寿司を食べ始めたら、ぽろぽろと涙が出てきたのだ。そのころは本当に忙しかったのと、それなりにおいしいお寿司なので週に1,2回は食べに寄っていたので、すっかり顔見知りだった、お店のお嬢さんがびっくりして話を聞いてくれた。ぽろぽろ泣きながら話をして、励まされてお寿司を食べて、お勘定を払おうとしたら、おじさんが「今日はいらないよ」という。びっくりして、そんなことしてもらうわけにいかないと言うと、おじさんは、「元気になって、いい仕事みつけて、また、帰りに寄っておくれよ。」とにこにこ。結局、お金は取ってもらえなかった。おじさん達に、深々頭を下げて帰ってきたけれど、あの親切に報いなければとがんばって、1週間足らずで派遣で仕事についた。それ以来、おじさん達とは仲良しだ。
 私の密かな好物は、たれをつけたげそ。で、お店に入っておじさんの目に留まるところにすわると、げそが回っていないと、目の前にげそがでてくる。100%出てくる。いつも、だいたい決まったようなモノをたべて、お勘定すると1000円くらい。手軽で心安い、残業帰りの友だちである。


2月28日金曜日


 派遣先最終日。
 派遣会社から3月からの派遣先候補の会社の面接は3月5日なるという連絡があった。それなら、再登録を要請されていた派遣会社にも、行く時間があるので快諾。うれしいな。早速電話で、再登録の時間の予約をした。月曜日の10時だ。
渡辺さんのたまごっちは、昼過ぎに、渡辺さんがものの10分くらい目を離したすきに死んでしまい、「ちょうど間に合ってしまったわ。」という言葉と一緒にたまごっちは帰ってきた。渡辺さんと樋口さんからお別れのプレゼントをもらってしまった。昨日、プレゼントを渡してしまって、催促するようになってしまったかなと、首をかしげたら、「最初から、何かプレゼントしようって話してたのよ」と言ってくれた。本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 作りかかりのマクロは完成した。最後まで、上司とは気持ちが通わないまま、8時半に挨拶をして会社を出た。
 うちに帰ってきたら、信州にすむ友だちから電話。たちの悪い女性にひっかかっているらしい。私たち周りの人間から見ると、とんでもない女なのだが、まだ、好きで好きでたまらないらしく、涙声だ。失恋のつらさは、よくわかる。経験いっぱいあるものね。振られて泣いたことも、振って泣いたことも。励まして電話を切った。がんばれ、てっちゃん。 おねえちゃんがついてるぞ。もうじき春だ。元気出せ。


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