5月1日木曜日
今日は帰国の日だ。楽しくてあっという間の1週間だった。
成田に着いて、京成で帰るという大岩さんご夫妻と別れて、西山さんと船で同じテーブルだった三島の安田さんご夫妻と、玉青と私で成田エクスプレスに乗った。切符の座席指定はみんなバラバラだったけれど、集まって空いていた席に座って話をしながら帰った。
途中、東京駅で新幹線で東京を離れる西山さんたちが下り、私と玉青は新宿で埼京線に乗り換えて、1週間ぶりの我が家に着いた。
部屋の中は、ほぼめちゃくちゃになっていて、特に大変だったのはたびちゃんお手製の大量のかみくず(欲求不満になると、手当たり次第に前足で押さえた紙を食いちぎるのだ)が部屋中に散らかっていたこと。それを片づけて、紅茶を入れてひとやすみして、近くのマートに買物に行って、煮物を作って夕御飯を食べた。
西山さんが焼津の自宅に着いたころを見計らって、大岩さんと西山さんに旅のお礼の電話を入れた。本当にお世話になった。今回の旅がこんなに楽しかったのは、お2人のおかげだ。感謝をしても仕切れない。しかも、私を可愛がってくださる以上に、玉青を可愛がってくださったのがありがたかった。
夜遅くなって、玉青が友美をつれて遊びに来た。猫たちのお守りの件、重ねてお礼を言った。玉青と2人で、上海を飛び立つ前にやっとみつけた友美のお土産の月だのハートだののぶら下がったブレスレットは、気に入ってもらえたようだ。14歳といえば、背伸びのしたいお年頃。お土産もむずかしい。大人っぽいイメージのあるもので、でも大人にあげるものではなくて。まあ、よかった、よかった。
お布団を敷いて横になったら、4方から猫たちがもぐりこんできた。それぞれに、いつもの場所に丸くなって、すぐに眠ってしまったようだ。みんな、がんばってお留守番してくれたんだね。一番頑張ったのは、猫たちかもしれないなあと毎度の事ながらちょっと感動しつつ、夢路に就いた。
5月2日金曜日
旅の疲れはないけれど、なんとなく連休の中日ということもあって、仕事を休みたい気持ちに鞭打って、出勤。お土産を配ったりした。
定時に会社をでて、渋谷で小松さんへの手土産のおせんべいを買って、埼京線に乗り、最寄りの駅でおりて途中で本屋に寄った。仕事の時間が不規則なのと、去年からの日本を出たり入ったりの生活もあって、去年の春から、いつも買っている雑誌を駅前の本の取り寄せやらなにやらでお世話になっている書店に取り置きしてもらっているのだ。2週間分ほどたまっていたのを買った。その際に、取り置きしてもらい損ねた雑誌のバックナンバーを聞かれて、とっさに答えられず、帰宅してから調べてみると、何と、半年近く、読んでいないことがわかった。毎月結構な量を買うので、足りないのに気が付かなかったらしい。そういえば、あの雑誌このごろ見てないなあと気が付いたのが先々週くらいだったろうか。間抜けだというより、いかに日常生活がすさんでいたかが良く分かる、といったほうがいいだろうか。
しかも、悪いことに、その雑誌は、数年前にとある大手出版社から追われるようにして辞めた副社長にしたがって、大量に退職した社員が新しく作った出版社で出している雑誌で、密かにその義挙に感動したわたしは、その出版社の出す出版物のすべてを買っていたのだ。このごろは、その出版社もすっかり大きくなって毎月の出版物すべてを買うことは経済的に難しくなって、そこまではしていないが、雑誌に関しては、ほとんどが創刊号から残っている。そのいわばわたしのごひいきのしかも創刊号から持っている雑誌の一つが、つまり、コレクションのアイテムがかけているのだ。ああ、何ということだ。
書店にバックナンバーの取り寄せの電話を掛けて、その後、やはり、どうしても気になって出版元の雑誌社のひょんな事で知り合いになった営業さんに電話を掛けた。この人とは、電話でしか話したことがないが、以前にたった一冊だけ買いのがしてしまった雑誌の別冊をどうしても手に入れたくて、だめでもともとと闇雲に掛けた版元突撃電話で応対してくれた人だ。声の感じでは若い方のようだけれど、穏やかな話し方のお優しそうな方である。話の受け答えもすっきりしてポイントを押さえるのも早く、きっと仕事も優秀だろう。またもや、無理をお願いすることに成るかもしれないと話すと、「できる限りの事はします」といってくれた。ありがたい。
9時ころに、ボストンバック一個という軽装でやってきた和さんと、猫たちを連れて車で蓼科に出発。途中、行き付けのゲームショップでソフトを3枚買って、ドライブだ。4匹の猫たちは、むずがり屋のたびが1匹でわたしが最初から持っているピンクのケージに入り、残りの3頭が一緒に、それより2.5倍くらい大きな白いケージに入って、車の後部座席の客となるのだ。去年は、「にゃあにゃあ」とかしましかったことんも、今回はおとなしい。たいしてなかれることもなく、少し渋滞はあったけれど、連休の前の晩にしては、まあまあ妥当な5時間弱(通常は3時間強のドライブ)の運転時間で蓼科の家に着いた。荷物を降ろして、猫たちを部屋の中に放して、早々に横になった。やはり、旅行の疲れがでているのだろうか。
5月3日土曜日
朝、4時くらいに寝たのに、猫たちに7時に起こされた。
12時のスーパーあずさで着くまゆみを迎えに10時ころ山を下りる。途中、農協のマートやら、ジャスコの大型店舗で買物をして、駅で、小さなリュックを背負い、虎千代のはいったケージを抱えて改札を出てきたまゆみを捕獲。虎千代の好きな猫のおもちゃを売っている駅の近くのディスカウントストアに行ってみると、うちの猫のお気に入りの猫砂(猫の室内用トイレ砂)を777円で特売していた。これは東京で1280円、こちらでも、通常は870円位である。お恥ずかしい話だけれど、うちの八雲(通称 にゃっくん)は、この砂でないと別な所に「ちこたれ」(おしっこしてしまうこと)してしまう。毎年、こちらに出掛けてくると、猫砂を買い込み車に積んで帰るのだ。猫が4頭いる今では、月に3袋必要だ。そこで、恥も外聞もかなぐり捨てて、売り場にあるのをすべて買い込んだ。その数15袋。それでも、5ヶ月弱しかない。毎年、まめに気をつけて、特売に行き会うと必死で買いだめている。昨年の11月に引き上げるときに買い込んできた分が、あと2袋になって心細かった所だったので、嬉しかった。
別荘にもどって、さっそく虎千代はみんなと久しぶりにご対面。約4ヶ月ぶりである。
しかし、誤算だったのは、小さい飛影くんが春になってしまって、虎千代を追っかけまわし始めたのだ。これは、虎千代には悪いことをしたかもしれないと思ったけれど、後の祭りである。虎千代は、1階の4部屋を逃げ惑った挙げ句に、部屋の隅っこに安全なコーナーを みつけてそこに潜り込んでしまった。
まゆみは、昼寝をして午後を過ごし、わたしは、ゲームをして遊んで過ごした。
夕食は、オイルフォンデュをして、あれこれ、話をしながら時間をかけて食べた。こんなにゆっくりしたのは何ヶ月ぶりだろうか。
5月4日日曜日
朝、日がさしていたので、6時過ぎにえさをあげて、窓を開けて猫たちを外に出した。去年の調子はまだ取り戻せないらしく、居間の外の小さなベランダでなんとなくボーっとしているようだ。そのうち雨が降ってきた。
まゆみと、和さんは、昼過ぎまでおきてこない。朝食も、昼食も一人で食べた。2時ころ、私ものんびりと寝そべって本を読んでいたら、別荘の細々したことを面倒見てくださっている小松のおじさんが寄ってくれた。お土産にはおじさんの好きなおせんべいを持ってきていた。1時間ほど、珈琲を飲みながら話をしていたら、最初にまゆみが、そして更に30分ほどして和さんが起きてきた。小松さんにねぼすけをからかわれている。
遅いブランチを食べた後、午前中に作っておいたゆで卵とスーパーで安売りしていたチーズとフランクフルトを3年前の夏に買って以来、愛用のダンボール箱製の薫製作りで、薫製にした。これは、夜のお話の時間のいい友達だ。
夜は、なんだか、食べたような食べないような御飯で、和さんは、コンシューマーゲームに精を出し、私はお裁縫をし、まゆみは猫に関する本を読んで過ごした。
5月5日月曜日
朝、一つだけ雨戸の開けてあった居間のまどから朝日が射し込んでいるのを見つけて、7時におきた。猫たちはご飯もそこそこに外に出て行く。
まゆみは、朝9時半のあずさで、虎千代をつれて帰っていった。その後、すこしのんびりと本を読んで、3時過ぎから使ったシーツや布団カバー、タオルなどのお洗濯と部屋の掃除を始めた。
猫たちは、いいお天気のせいもあって、元気に外で遊んでいる。でも、相変わらず、お外でトイレは出来ないらしい。野良猫経験のあることんまでが、部屋の中の猫砂のトイレで用を足しにもどってくるので笑ってしまう。
外は、見渡す限りのトイレなんだよ。わかってる?
今日は、渋滞が予想されているので、その後、ゆっくりと寝てから、和さんに運転してもらって午前2時過ぎに東京に向けて帰った。
5月6日火曜日
明日の会議に備えての資料つくりで残業。10時45分に会社を出る。恵比寿の駅の階段で、階段を踏み外して転倒。素朴に、「やった」と思った。
痛みで立ち上がれない。階段に座り込んだまま、痛みで、吐き気がしてきた。しかし、ここで救急で運ばれると、広尾の日赤医療センターか、へたをするともっと遠くに運ばれてしまう。返りのタクシー代が恐ろしい。
しばらくしたら何とか立ち上がれたので、ちょうど入線してきた埼京線の赤羽行きに乗って何とか腰を下ろした。痛みをこらえること25分ほどで赤羽に到着。何とか改札口まで行って、階段で転倒して歩行が困難なので救急車を呼んで貰いたいとはなしたが、駅のすぐ外にタクシー乗り場があるといわれて呼んでもらえなかった。わずか、50mほどを10分以上かかってあるき、40段ほどの階段をまた10分くらいかかって上って、上がった所で力が尽きて、通りかかった人に事情を話してタクシーを止めてもらって、転がり込んで板橋の加賀にある帝京大学病院へ。
診察の結果、骨折はなく、くるぶしの靭帯の損傷だそうだ。ああ、よかった。無線タクシ ーを呼んで帰宅。猫たちは、病院から電話して玉青ちゃんに見てもらってあったので、元気に待っていた。湿布をして、痛み止めを飲んで、早々に就寝。
5月7日水曜日
湿布をして会社には出たものの、足はだんだんにはれてきて、とうとう夕方には、釘を打ち込まれるような痛さになった。定時に退社して、家の近くの病院で、もう一度見てもらう。思ったよりも重そうだ。
家に帰って、あまりにいたくてじっと丸まっていた。
5月8日木曜日
朝になったら、痛くて歩けなくなっていた。足は京なすのように腫れ上がって、紫色の肉に血管が浮き出している。昨日の病院で再度物理療法をしてもらったけれど、あまりにひどいので駅前の整形外科を紹介してもらった。わずか200mを40分かけて歩いていくと、レントゲンを撮ってくださって歩くのが少しでも楽になるようにと、ギブスを作ってくださった。病院から駅までの間で、ギブスをしていてもはけるサンダルと靴ひもを買って、サンダルを足にくくりつけ、鞄屋で革のリュックの安いのを買って、会社に行くためにあれこれ手配をした。しかし全部終わって、いざ駅に着いたら午後1時半を回っていて、さすがに気力がつきてしまい、会社を休んだ。
家で休んでいたら、本屋さんから電話があって、先日のバックナンバーはほとんど買えないことが分かった。あれあれ。
夜はひさしぶりにゆっくりテレビを見て過ごし、11時頃休んだ。
5月9日金曜日
あさ、ギブスの調子を見せるために整形外科により、会社へ。行きの埼京線では、足が踏ん張れず、よろよろしていたけれど、悪いことに信号故障で電車のダイヤが狂っていて結局新宿まで15分くらいで着くものが、25分ほどもかかり、しかも、席に座れなかったのでたいそう足がきつかった。
仕事は、パソコンを使う座り仕事なのだけれど、気がつくと、妙な形で足を着いていて、足が固まっていたり、いい方の足の筋肉痛がひどくなってちょっと苦しかった。
会社から、先日の出版社の営業さんに、バックナンバーの件で連絡をした。何とか探してみると快く受けてもらえてうれしかった。
帰り道は、恵比寿から始発電車に乗ることにしたが、列の2番目に並んでいざ乗るときに、私の歩くスピードが遅くて、自分が座れなくなると思ったのか後ろの中年男に乱暴に押しのけられて、よろけて転びそうになった。席に座ってから、思いっきりにらみつけてやった。こういう勝手な親父にも家族がいて、仕事場もあるんだろう。周りの人はきっと辛い思いをしているだろうなと思ったら、気の毒になった。それにしても、通勤電車はおそろしい。
明日、あさってに読みたい本を駅前で買って帰宅。動物病院から電話で、明日の飛影の手術の予約を日曜日に変更してもらいたいと言ってきた。快諾する。ホームページを作っていたら、玉青が遊びに来て、ゲームをして2時ころ帰っていった。
5月10日土曜日
朝、起きたら、足が痛くて立つのが大変だった。本当に大変だ、痩せないと。午前中は、物理療法と、洗濯屋へのお使いと、銀行へ行くのでつぶれる予定。午後は何しようかなあ。(午前10時40分)
結局、足が痛いので、横になって、足をあげてパソコンの本を読んで過ごした。勉強しなければならないことはたくさんある。つくづく時間がたりないなあと思った。
夜になって、明日、車を運転して私と飛影を病院につれていってくれる友達が泊まりに来た。台所にいすをおいて、何とか夕食を作りかけたけれど、結局、長いこと立っているいたいので、簡単なものしかつくらなかった。1時頃まで、あれこれ、話をしていた。秋には、また、何か資格試験を受けたいなと思っているとか、このごろ読んだ本の話、話題はつきない。友達はいいな。
5月11日日曜日
朝、8時過ぎに飛影をつれて、北川動物病院へ。何にも分からない飛影はドライブがうれしいらしかった。ちょっとかわいそうだった。
昼過ぎに、なんとなく、たびをだっこして、首の周りを何の気なしになでていたら、黒い小さなゴミが着いているのを見つけた。げ、これって、ノミのふんじゃない?大あわてて、他の子も調べたら、ノミがいましたよ。さあ、大変。
たび、ことん、八雲の順番で、おふろである。いつもはがうがう大変なたびは、お風呂はそんなにきらいではないようで、おとなしくだっこされて湯船につかっている。うちは、猫達は、私に抱かれて湯船で暖まった後、シャンプーである。そして、湯上がりにもう一度暖まって、タオルドライしてもらって、ネコ乾燥機に入る。30分もおとなしくはいっているときれいにふわふわに乾くのでみんな、おとなしく入っている。しかし、たびは、他の子と一緒には乾燥機に入らないので、結局、3匹入れるのに、私は2度入ることになるのだ。
どたばた、お風呂に入れていたら、夕方になり、飛影をお迎えにいった。病院につくと、飛影は、檻のなかで小さくなっていた。手術してくださった高田先生が、「この子、去年の秋に、病院に張り紙してあった子ですよね」とおっしゃるので、そうですよと言うと(里子に出そうと思って、張り紙をしていたのだ)、「いい子でしたよ、おとなしくて、かわいくって。残して正解でしたね」と言われた。なんであれ、ほめられるのはうれしいものだ。残りの3頭の分も、ノミ取り内服薬のプログラムを出してもらって、帰った。
飛影は、ちょっとだるそうだったけれど帰ってきたら、やっぱり八雲とひと遊びして、それから、私の膝にすがりつくようにしてねむってしまった。がんばったからね、ご苦労さま、飛影君。
5月12日月曜日
朝、出がけに電話がかかってきて、いつもの電車にのれなかった。いつもは、並んで15分ほど待って、始発電車に乗って座っていくのだが、今日は、立って恵比寿まで行った。さすがに、足が痛かった。
昨年から、芽のでない企画書を、つてをたどって知り合いの会社におくった。もう、だめかもしれないけれど、でも、最後まで夢はステないぞ。
夜、母から電話があり、秋にスペインに行きたいという話をされた。もう、76才だし、春の香港桂林の旅で、ツアーに一人で参加するというのは無理だろうと思った。夏休みに姉たちが連れていくというのは、スペインがあつすぎてだめだという。時期を選べば休めるかもしれないし、今は、メールフレンドがマドリッドにいるので、いろいろ情報くらいはもらえるだろう。とにかく動いてみよう。
5月13日火曜日
日曜日から始めたダイエット。効果が少し出てきたようだ。このまま痩せられるといいのだけれど。ダイエットは始めてすぐは、体重がすごく落ちる。問題はその後に体重の減少が泊まる、停滞期が来ることだ。ここで辛抱ができないと、ダイエットは失敗。リバウンドの確率も高く、素の黙阿弥どころか、もっと恐ろしいことになる。今回こそ、気をつけよう。なにしろ、2週間のメニューだから、とにかく実行あるのみ。がんばろ。
スペインの友達から、メールの返事が来た。いろいろお願いできそうだ。それにしても、今日の電話で、母だけでなく、父もいくという。父は80才だ。いよいよ、えらい騒ぎである。よほどきちんと計画をたてないと大変なことになる。頭が痛い。
5月14日水曜日
月のうちでも、今の時期は、仕事が比較的少ない。残業まですることにはならないので、精神的にも余裕がある。こういうときに、本を読んだり、あれこれ考えごとをしたりするのが大切だ。しかし、今年になって思うこと。去年に比べて体力、気力が衰えた。去年は、ホームページの更新をこんなにためたことはなかったぞ。10時に帰っても11時に帰っても、きちんとその日の日記をアップしていたのだ。今は、何となく元気がでず、思うように更新出来ない。年を取ったのだろうか。それとも??
5月15日木曜日
夜遅く、そろそろ寝ようかという時間に、友達から電話があり、なにやら公衆電話で話しながら泣いている様子だ。居所を聞き出して、足のギブスをひっぺがして、車にのって迎えにいった。ぽつりぽつり話してくれるのを聞けば、私でも泣きたくなるような話。でも、人生、めげてばかりはいられない。今日は泣いても、明日はがんばってたちあがれよな、と言いながら、朝まで話し込む。始発の動く頃、少し明るい顔をして帰っていった。これから寝たら起きれないから、そのまま会社にいくしかないね。
5月16日金曜日
徹夜明けはねむい。行きの電車でいつも通りすわったら、終点までぐっすりねむってしまった。びっくりした。まあ、終点が下車駅なのでいいけれど。
派遣登録している会社から、メールで格安のアプリケーションのスクールがあるという知らせを送ってきたので、早速月曜日に問い合わせをすることにした。
今日は、早く寝ようと思ったけれど、あれこれ電話がかかって寝られなかった。えーーん。
5月17日土曜日
午前中、宅急便やさんが相次いで届け物に来る。よくよく話を聞いたら、いつも預かってくれていた近所の懇意にしている人の家で、断られたという。理由はわからないが、もうあずからないといわれたらしい。なんだか、嫌な雲行きだ。
午後、パソコンスクールで、代々木へ。帰りに本屋で、頼んで置いた本を買って帰ってきた。
5月18日日曜日
とりあえず、今までのお礼の意味もあって、宅急便を預かってくださっていたおうちにフルーツゼリーの詰め合わせを届けた。さて、これからどうしようか。すこし、頭が痛い。
昼過ぎから、部屋を掃除して、今週も猫達をお風呂に入れた(ノミがいるので)。生まれてから3度目のお風呂の飛影は、もう、大騒ぎ。慣れさせないと大変だ。うちの子は、お風呂に入るのもお仕事なのだ。
その後、頼まれていたホームページを作って、少し早めに寝た。はっきり言って、寝なければもたない、そんな心境だ。
5月19日月曜日
午前中、スクールの申し込みをした。まだ、空きがあってよかった。
以前からつきあいのある旅行会社に、スペイン行きの航空券の値段を問い合わせた。すると、昨年の旅行でお世話になったIさんが電話にでてくださったので、思い出話をしていたら、6月になったらキルギスタンにいくという話をしていらっしゃった。あのときに世話になったガイドのスヴェトラーナにギフトを届けてもらいたくて、一度、言付けがてらお目にかかりにいくという話になった。来週なら時間がとれるかな。
ふと思いついて、無性に声が聞きたくなって、以前、派遣でお世話になっていた会社の元上司に、電話をかけた。昨年、気まずいことがあって、ご無沙汰してしまった人だ。時々、思い出して、もうお会いできないかなあと寂しく思っていたのだけれど、今日はなんだか、どうしても声が聞きたくなってしまったのだ。元上司は、何事もなかったかのように喜んでくれて、このごろどうしているのかと尋ねてくれて、電話ではなんだからと来週の月曜日に食事を一緒にしようと誘ってくれた。うれしかった。
人生には、なんとなく、一時仲がよくて、ふとしたことでそれっきりになってしまう知り合いというのがいるものだけれど、私はこの元上司だけは、絶対にいなくなったら嫌だと思っている、そういう部類の人だったから、本当にまた、お目にかかれるというのはうれしかった。来週がたのしみだ。
5月20日火曜日
残業帰りに大急ぎで、渋谷の本屋でスペインのガイドブックと、スペイン語の資料を買った。秋までに、どのくらいの時間があるか分からないけれど、でも、とにかく、コースも決めなければならないし、語学も少しは出来た方がいいだろう。とはいうものの、なかなか読む時間がとれない。こまったものだ。
5月21日水曜日
このところ、長男ネコのたびがすっかり甘ったれである。気候が涼しいせいもあって、毎晩、布団の中に潜ってくるし、潜ってくれば、私のおなかにぺったり張り付くように背中を押しつけて眠っている。起きている間も、すぐに膝にあがってくる。ついこの間まで、だっこもなでなでもろくすっぽさせなかった、きむずかしやのたびとは別ネコのようである。かんがえてみれば、甘ったれで、だっこが大好きだったたびに、無理矢理妹ネコをもらい、そのことんが子供を産み、たびは否応なしに、長男としてがんばらなければならず、自分でもどうしたいのかわからなかったのかもしれない。ことんが来て2年、去年は、年の3分の1、私が家を空けていたし、たびはがんばっていたのだろう。このところ、私が長い旅にでないので、やっとたびも自分のペースに戻れたのかもしれないと思うと、少しだけたびが不憫だった。
そういえば、八雲が私の膝を占領しているのを、なんとなく、遠くから見てるような所があったものね。なるべく、だっこして欲しそうにしてたら、だっこするからね。ごめんよ、たび。
5月22日木曜日
今日は、5年ほど前からご縁をいただいている赤坂の豊川稲荷の年に3回の例大祭である。6時過ぎに家を出て、出勤前にお参りに行った。JRで四谷まで行き、四谷からタクシーで虎やの前の豊川稲荷へ。境内で10分ほど待っているとまゆみがやってきた。二人でそれぞれにご祈祷をお願いして本殿へ。
ご祈祷が終わったら、私より会社の始まりの早いまゆみは急いで出勤していった。私は、いつも通り、境内のお茶やさんの菊屋に寄って、コーヒーを飲み、話をしてから会社へ。朝から、いい気分だった。
5月23日金曜日
水曜日からの残業の嵐で、今日はすっかり疲れが出ている。笑い顔が出ない。こういうときこそ、下っ腹に力をいれて、にこにこしてないといけないのに、どうもだめ。修行がたりないぞ。
10時過ぎに会社を出て、社員のYさんと渋谷の居酒屋さんへ。同じように残業の連続だったYさんとしみじみ話をしながら、ゆっくり飲んだ。終電で帰宅。楽しかったなあ。Yさんて、いつも一生懸命で、いい社員、いい父親、いい旦那、どれもがんばっている。こういう人こそ、尊敬に値するのだ。末永く友達でいたいなあ。
5月24日土曜日
久しぶりに飲んだお酒がいけなかったか、朝からおなかが下る。10時過ぎからのスクールにおくれてしまって、大失敗。スクールは夕方までで、その後、少しお買い物をして帰宅。今日習ってきた、アプリケーションの市販の手引きを読んで、もう少しお勉強。なんだかんだ、やっていたら、1時頃になってあわてて寝た。それにしても、夕方から降り出した雨のすごかったこと。猫達がベランダの庇にあたる雨の音にすっかりおびえてしまって、かわいそうだった。
月曜日に、食事を一緒にする約束の元の派遣先の上司にプレゼントする、果実酒の小さな瓶を詰めた。この果実酒は、昨年の秋、フェルガナであまりに見事なできだったラズベリーとザクロを手持ちのウオッカにつけて作ったもので、砂糖は市場でグラムで買おうとしたら、キロ単位でしか売れないといわれた、曰く付きのお酒である。結局、何に使うのかと聞かれて、果実酒を作るのだと言ったら、砂糖のブロックを売っていたおばさんは、単位未満ということなのだろう、私に砂糖をくれた。お金を払おうとしたのだけれど、受け取ってくれなかったのだ。
他に、パキスタンのフンザで買った、フンザパーニーも瓶につめ、3枚のラベルにそれぞれ、ラズベリーとざくろと、パキスタンの山の絵を描いて張った。喜んでくれるといいなあ。元上司は、変なブランドもののおみやげよりこういう、本当の現地のものを喜んでくれるタイプの人だ。大丈夫かなあ。
5月25日日曜日
5時半頃に、猫達に起こされて外を見たら、快晴である。布団から飛び起きて、布団カバーから、シーツ、衣類、タオル、包帯に、ホットカーペットのカバーまで大洗濯大会である。洗濯機を回しながら、お布団を干したり、掃除機をかけたり、11時頃にやっと家事が一通り終わった。その後、友達が迎えに来てくれて、大洗海岸へ。蛤を買って、のこのこと帰ってきた。海岸の散歩は砂に足がめり込むのであまりよくなかった。
夕方、何の気なしにいつもいく模型やさんをのぞいたら、FFZのカードダスマスターズが出ていた。迷った挙げ句、今日は持ち合わせがなかったので、また、買いに来ることにして、取り置きしてもらって帰ってきた。ばかばかしいなとも思うけれど、欲しいんだから仕方ない。がんばって働こう。
5月26日月曜日
今日は、仕事が終わってから、以前の派遣先の大好きだった上司とご飯を食べる約束だった。ちょうど、今日、カンパニーショップで、可愛らしい熊のぬいぐるみを見つけたので、一つ買って、待ち合わせ場所のビルに会社のある、別な友人の秘書さんに届けようと思って、電話をする。
ところが会社を出る直前に、帰る前に片づけていってと仕事をふられてしまい、予定の行動がとれず、15分おくれて待ち合わせ場所についたら、友人と元上司が両方待っていた。とりあえず、両方を紹介し、友達にぬいぐるみだけ言付けてそのままお食事にいった。
元上司とは、半年ぶりくらいで、お会いしたのだけれど、相変わらず、すてきな方で本当に楽しかった。何の話をしても、何の話題が出ても、本当に楽しい人って少ない。その数少ない宝物のような人なので、楽しくてついついお酒も飲み過ぎたらしく、はっきり言ってどうやって帰ってきたかよく覚えてない。気がついたら、家の中で丸くなって寝てた。大急ぎで、布団を敷いて潜り込んだけれど、こんなに飲んだことは、生まれて初めてだった。
5月27日火曜日
朝、起きる。二日酔いだ。初体験である。しまった、飲み過ぎた。何とか立ち上がって、猫達に朝ご飯だけはさせたけれど、いつものように、そばに着いていてやる気力はなく、布団にもどった。気持ちわる−−−−。楽しくって、お酒がおいしかったけれど、飲み過ぎたのだ。
結局、仕事は半休してしまって、午後から出た。
帰りに、取りよせてもらっていた、白いジャケットを駅前で買って、商店街の模型やさんにファイナルファンタジーのカードダスマスターズを買いにいった。帰ってきて、整理してみたら、一番のクラウドだけ足りなかったけれど、エヴァンゲリオンでも話題になっていたように、このカードダスマスターズでは、ずいぶん買わないと全部はそろわないらしい。迷わず、もう、いいことにした。だって、お金がないものね。そんなには。
10時頃、玉青が来た。猫達をあやしながら、1時間ほど話して帰っていった。マイクロソフトのサイトで、資格試験のいろいろを何の気なしに見ていたり、スペインがらみのサイトなどをネットサーフィンしていたら、気がついたら2時すぎていた。大変大変、ねん寝しなくては。
5月28日水曜日
昨年秋に、通産省試験のシステムアドミニストレーターの初級をとって、仕事のチャンスが莫大に増えた。でも、今年の秋にはまた新しい合格者がでる。自分の生活の安定のためにも、今年も何か試験を受けようと思い、いろいろ調べてみた。まあ、ぼつぼつやろう。
仕事が終わってから、新橋の旅行会社にIさんを訪ね、キルギスタンの通訳ガイドのスヴェトラーナにわずかばかりの米ドルと手紙を言付けた。ついでに、昨年の秋の旅行の思い出話に花が咲いた。いいところだったなあ、イシククル湖。
その後、駅近くのプロントで待っていてくれたまゆみと夕御飯を食べて、資格試験とかこれからの人生設計の話などを相談した。一流会社で、キャリアガールばりばりで暮らしてきたまゆみには、根無し草のような私の人生は何となく想像を絶しているらしくて、相変わらずため息ばかりつかれてしまったけれど、でも、彼女が一番分かってくれているのも事実だから、最後は、納得してくれてがんばってね、といってくれた。ありがと。
家に帰ってきてから、このところ近況報告をしていないKさんに電話をして、様子を知らせた。向こうも元気みたいで一安心。困ったことがあったら、電話しろよと言われて電話を切った。毎度お世話になります。はい。
その後、ネコのトイレを掃除していたら、スペインから電話。日本の企業から出向している友達が、今日からインターネットがみれるようになった、というので、このホームページのアドレスを問い合わせてきたのだ。アドレスは面倒なので、ニフティのメールで送ると返事をして、電話を切る。そうそう、スペインのコースも決めなくちゃ。げげ。また今日も2時過ぎか。
5月29日木曜日
今日は、会社帰りのメニューはパソコンスクールだ。このところスクールが多いのでなんだか落ち着かない。帰宅が11時を過ぎる日がつづくと部屋もなんとなく汚くなってくる。汚いというと語弊が有るかもしれない。つまり、猫たちのおかげと、小物をあれこれとため込んでしまう私の性格とその両方が災いして、ただでさえ、なんとなく雑然としている部屋がさらになんとなくなんとなく症状が悪化してくるように感じられるというような感じだろうか。
でもまあ、部屋が汚いことが直接の死因になって死ぬこともないだろうと、どこか高をくくってなんとなく暮している。猫たちは、間違っても、崩した本の山を片づけてくれることはない。まあかわいいから、許してやるか。
5月30日金曜日
今日は、MOT(マイクロソフトオフィシャルトレーナー)の資格を取るための学校の説明会を覗きに行った。説明会の後、取り敢えず実力をチェックしてみましょうということで、エクセルのペーパーテストを受けたけれど、これが、本当に難しい。というか内容自体は良く分かっている毎度おなじみの機能についての設問なのだけれど、いつも画面を見ながら操作しているその操作内容を、メニューの何番目の何をクリックして、なんて言う名前のタブのページを開いて、どのチェックボックスにチェックを入れる、と言うように、細かに指定するのだ。これは、本当に難しい。実際に操作をさせてくれれば、何と言うこともないのだけれど、紙の上で操作法を説明するというのは本当に難しいのだ。その事が分かっただけでも、いい勉強になったような気がした。
5月31日土曜日
今日は、朝の10時半から夜の9時までパソコンスクールだった。初めて見るアプリケーションだったので、覚えることが多くくたびれた。
うちに帰って、たびたちと猫じゃらしをして遊んだ。うちの一番小さい飛影=ブラックは、小さいころからなんとなく、他の子と顔立ちが違ってくまみたいに見えるなあとは感じていたのだが、今日、しみじみと見ていたら、理由が分かった。結局、子猫なので丸々と太っているということと、体の割に耳が小さいのと、すこしだけ頭の上の方に耳が寄っているので、なんとなく熊のような顔に見えるのだ。付いたあだ名が『くまちゃんブラック』。キャッチフレーズは、アスキーの新しく創刊した週刊誌の『アスキー』のキャッチフレーズにちなんで、『猫と熊のハイブリッド』。
でも、むちゃくちゃかわいい。
4対1のねこじゃらしは、結構くたびれる。猫たちは、小さい子から順番にじゃれて、くたびれたり飽きたりすると近くにごろんと横たわって、それでも目だけ猫じゃらしに向けている。ブラックの次は八雲、八雲の次がことん、ことんが終わるとたび。そのころには、ブラックがリカバリーしていてまたじゃれてくる。延々つづく猫連鎖。遊ばせているかあさんの私はちょっとくたびれるのだ。でも、じゃらして遊ばせるだけでも、手足の強さがだいぶ違うし、くたびれると猫も熟睡するのでやはり週に1回はやってやりたいものだ。