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−−−  57日目(8/10)  −−−
積算距離:5968.3km
最高速度:54.6km/h
走行距離:66.84km/day

 夕方からしばらく雨が降りましたが、夜中は晴れ。晴れてみると、雨が空気をさらに綺麗にしてくれたのか、星空が非常に綺麗に見えるようになりました。
 今回の旅行では星空を結構見ましたが、これほど綺麗な星空ははじめてかも。吸い込まれそうな〜とは良く言いますが、まさにそんな感じです。
 朝焼けも綺麗。長崎のほうで見た朝焼けも綺麗だったのですが、こっちのほうが綺麗です。
 東北側には夕べの雨の元と思われる雲が見えますが南西と真上には雲なんて何それ?と言いたくなるほど雲のかけらすらなし。暑くなりそうです。

 朝7時半に移動して到着したのは朝市。が、これが大失敗。ガイドブックには7時半ごろがモノが一番多いと書かれていたのですが、時期が悪かったのでしょうか、客がほとんどいないし、なにより売り子が少なすぎます。ふれあいなんてとんでもない。早々に立ち去りました。
 早く動きすぎたことに後悔しつつ、周辺散策。実は朝方、着替えがないのが非常に不安になり、水と石鹸で手もみ洗いをしました。あまり綺麗には洗えてないし、日が出きっていなかったので半乾き状態で、あまりよろしくありません。だから夕べの予定通りコインランドリーを探すつもりです。
 結果的にはありませんでしたが。

 探している間に時間は過ぎ、医光寺が開く時間が過ぎました。何でも雪舟作の「心の庭」なる庭園があるそうで。
 入園料300円。庭はさほど手入れされていませんが、本来庭とはそう言うものでしょう。文化財に指定されていても手入れ云々は持ち主もちだそうですし、あまりぴしっと管理されているほうがよっぽど怖い。
 なにより、私は庭園よりも涅槃図のすばらしさに圧倒されました。受付というか、留守番のようなおばちゃんに進路を教えてもらうんですが、教えられたとおりに進むとすぐに涅槃図が見えてきます。
 見えてはくるんですが、上辺がなかなか見えてこないんですね。近づけば近づくほど上の続きが出てくるくんです。
「おいおい、まだ上があるのか?」
 と途中から不安になります。鴨居が邪魔と言えば邪魔なんですが、本当に目の前に立たないと上辺は見えません。
 そしてやっとすべてが見られると、今度はその大きさに圧倒させられます。圧倒させられながらも全体を見渡し、細かいところを見ると、その細かいところまで描き込まれている事実にさらに圧倒されます。
 私がボーゼンと眺めていると、受付にいたおばちゃんが通りかかり、いろいろと説明してくれました。
 涅槃図を見ることにやっと区切りをつけて通路の奥へ行くと先代だったか先々代が彫ったと言う羅漢像があります。
 最初はどこにあるのか気付かなかったのですが、部屋の中央に立って正面の仏像を拝もうと目を瞑って手を合わせた瞬間、四隅の天井辺りから何かの流れのようなものを感じた気がしました。
 見上げると鴨居の上の棚に十数体並べられている羅漢像が目に入りました。
 それが見終わってからいよいよ庭園なのですが、先に書いた通りきっちりとした手入れはされていません。それでも、なんと言ったらいいんでしょう、バランスが良いせいかボーッと見つづけたくなるような庭です。
 受付のおばちゃんは
「300円も取っていて綺麗に手入れできていないのは、来てくれたお客さんにすまなくて…」
 などと言っていましたが、今日び、何これ?と思うのに馬鹿高い入場料を徴収するところがあるのだし、なにより、これだけ見せてくれて300円は安いと思います。
 庭園の一部であるしだれ桜も満開だったら見事だろうなぁと思わせるもの。よそよりも少し早く、3月くらいに咲くそうです。できることならそのころに又来てみたいものです。
 ここまで書けば、たいてい気づくでしょうが、実は受付のおばちゃんとお茶をすすりながら1時間ほども話しをしました。
 庭園の話、寺の話から、私の旅の話、気がつけば日本がだめになっていく事についての論議にまで至っていました。
 このおばちゃんと話していて一番考えさせられたのは私が四国お遍路の話をしていたときのことでした。
「四国お遍路って大抵歳くった人が車で観光気分で回ってるんですよ。年老いて思い出作ってもどうしようもないと思うんです。それに自転車で旅行するなんて20代ぐらいが限界だと思うんですよ。だから私は今しかないと思って旅してるんです」
「そうね、でも歳をとらないと見えないものもあるから」
 …何かショックを受けました。確かにその通りです。若いうちでなければ出来ないこともありますが、歳をくってからでないと見ることのできないものだってあるわけです。
 私は知らず知らずのうちに、俺はこんな旅をしてるんだ、どうだ凄いだろうとおごり高ぶっていた気がしました。

 重くなりかけた腰をあげて次に向かったのは万福寺。
 ここも雪舟の庭園がある寺です。実は近くに七尾城(跡)があり、雪舟はここの城主に認められていたんだそうです。だからその近くの寺2ヶ所に雪舟の庭園があるんですね。
 ちなみにどちらの庭園も見事ですが、どちらも同じ人が作ったとは思えないほど差があります。
 話をしてくれた人の言葉を借りると静的な美しさと動的な美しさの違いというところでしょう。
 ちなみにこちらも300円。受付の小さな窓越しにお金を払うと受付のおばちゃんは順路の説明をしながらなぜか脇の出入り口から廊下のほうへ出てきました。
 まだ私の後ろにもお客さんがいると言うのに、どういう気なんだろう?と説明を聞きながら受付のおばちゃんと顔を合わせると、おばちゃんは私の足に注目しました。
「まあっ、この足はどうなさったんですか!?バイク?自転車?」
 靴(サンダル)を脱いでいるからサンダル焼けがはっきりと見えるんですね。
 その驚き方に気圧されつつ、
「自転車です」
 と答えると、おばちゃんはよっぽど感心したのか、
「そうですわよね、自転車でなければこれほどにはなりませんわよね。ずっと回られてるですか?」
 6月中旬に出発してから九州まで行って今は帰りの途中であることを話すと、
「まあっ、素晴らしいですわ!」
 私とおばちゃんのやり取りを聞いていた後ろに並んでいた人たちも感心して、
「若くないとできないですよね」
 その言葉を聞いて思わず、この旅をするようになって口癖になった言葉が出てしまいました。
「若いって書いてバカって読むんですよ」
 子供以外の1家族。場をなごます程度のジョークで受けたのはいいんですが、奥さんらしい人が私を指差しながら大笑い。そこまでしたら失礼でないかい(苦笑)?
 荷物を置かせてもらって早速庭園へ。庭の見方なんて分かるほど私は卓越してませんが素晴らしいと言う言葉しか思い浮かばないほど綺麗です。
 眺めていたら後からきた家族連れが追い越し、間もなくして受付のおばちゃんが登場。
「本来庭と言うものは見る人それぞれの感性で感じるものであって、解説など余分なことではあるのですが、知識によって広がる見方もございます。よろしければお庭の説明をしてさしあげたいのですが、いかがでしょうか?」
 そうして始まった説明…この方は万福寺の説明に全てをかけているのか?と思うほど饒舌に石や植木、池の配置からそれらの意味などを説明してくれ、更には寺の隅々まで説明してくれました。
 このおばちゃんは「素晴らしい」が口癖の、少々桃井かおりに似た口調の女性。
 仕事をいきなり辞めて旅をしている私のことを素晴らしいと言ってくれ、
「こんな素晴らしい旅をしているんだから大丈夫です。妥協してはいけません。あなたを認めてくれる方が必ずいます。どうぞ良い度を、良い人生を」
 と、うれしい言葉で送り出してくれました。なぜか話がだんだん大きくなっていくのには苦笑いしましたが、実は仕事に関しては妥協するつもりだったので、なんとなく釘を刺されたような気がしました。
 で、気がつくと12時。えっ!?と時計を見なおしました。夏の移動は午前中が勝負です。なのに、たった2ヶ所の寺を回っただけで貴重な午前中を費やしてしまっていました。
 それだけに価値のあるものではありましたが…。だからと言うわけではないですが「雪舟の郷記念館」なる館はパスしました。

 パスついでに鴨島もパスして、ここから9号線に道を変えて前進。ようは海沿いを走るわけですね。
 パスの勢いはとどまらずに次に立ち寄る予定だった「唐津の蛇岩」まですっ飛ばしてしまいました。気がついたのは駅1つ過ぎたころ。
 うーん、山陰は観光スポットへの道案内看板が非常に乏しいです。と気づくのが遅かったです。さすがに数kmも戻る気もないので残念ながら諦め。
 そこから更に数km進んだところにある道の駅でどうにか一休み。
 途中、明らかにホームレスと思しき老人チャリダーを追い越したのですが、一体なんだったんでしょう。
 道の駅で地図を見ながら一休みしていると、
「外の自転車はあなたのですか?」
 と、如何にも学生風のチャリダー。彼は山陰を東から西に、私とは反対向きに進んでいるそうです。互いにそれまで通ってきた道の情報交換をしようと近づいたのですが…。
 そんな間に割り込んできたのはいつの間にかに追いついてきたホームレスらしき老人チャリダー。私と学生チャリダーが情報交換のための発言をすると、老人チャリダーが強引に自分の話に関連付けて自分のことだけを喋りまくる。
 最後にはどこに関連があるのか分からないまま、老人チャリダーは大怪我して入院しただの、自転車盗まれただのと話し出す…。
 私も学生チャリダーもとうとう閉口して、情報交換が出来ないまま別れました。
 うー、あの老人チャリダー、許せん。

 三隅の道の駅を出て9号線を走りつづけると浜田に入ります。浜田にも道の駅があるのですが、自動車専用道にあるので自転車は普通の手段では入ることが出来ません。
 実は山陰に入ってから道の液のスタンプラリーをやっていたのでどうしても入りたかったのですが…。
 とりあえず一旦は引き下がって素直に浜田市街へ。17時半だったので時間的に無理かなと思いつつ駅前まで走り、何とか開いていた観光案内所で地図を入手しました。私の使っているガイドブックには浜田の詳細地図がなかったんですね。
 地図を入手したついでに受付のおばちゃんに銭湯の場所を聞いてみました。
「この辺にはないのよぉ、1ヶ所しか」
 と言っておばちゃんは事細かに説明してくれました。よもや観光案内所で分かるとは思わなかったので、ここは凄いと気を良くして、ついでに野宿できそうなポイントはないか聞いてみました。
 キャンプ場なら9号線を更に進んで山を1つか2つ越えたところにあるそうです。が、明日浜田を見て回るつもりなので、2つも山を越えたところには行きたくないところ。
 ほかにないか聞いてみたのですが、公園はそこそこにあるけど野宿には向かないと思うとの返事。
 自分でどうにかできるだろうと、深々と礼を言って銭湯に向かいました。
 その途中、スーパーを発見。続けて、案内所のおばちゃんに教えられた寸分たがわぬ場所に銭湯を発見。
 しかもスーパーの本屋で詳細地図を見たおかげで行けないと思われていた浜田の道の駅に裏から入れることが判明。その脇にある公園が野宿するのに結構いい場所であることも判明。
 なかなかいい状態が立て続けにあり、気分を良くした私はまず風呂に入りました。300円で古くからの銭湯らしくボロいのですが、物は言いようとは良く言ったもので風情があって私が好きな雰囲気。いいですねぇ。
 次にスーパーへ。食料と久々に缶ビールを買って、裏道を通って道の駅の脇にある公園へ。
 浜田の道の駅は夕日が綺麗で有名なんですが、夕方になるにつれ雲が増えてきて残念ながら夕日は見られませんでした。
 雨が不安だったので屋根があるところをキープして1人寂しく宴会をして就寝しました。
....つづく
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