1996年8月18日
カシュガル〜アクス


    
濁流の流れる河
雨もよいの砂漠の河

 朝から雨が降ったりやんだりだった。カシュガルを出発し、今度は天山南路の旅が始まった。こちらは西域南道に比べると、外国人観光客も多く、経済的にも繁栄している。また、違った現在のシルクロードを見ることができるので大変楽しみだった。
 雨のせいで車の道中も彩りを欠き、平らな地面がやがてなだらかな丘とその向こうに迫る山という景色に変わったけれどまだ天山の威容という所までは行かなかった。
 途中、昨日今日の雨がこちらでは結構な雨量だったらしく、川が大増水して濁流が橋のたもとを大分えぐってしまっているのを、地元の人たちがたくさん出て、人海戦術で土嚢を積み必死で保守しているのをみた。砂漠の道は本当に雨に弱い。今回の旅では本当にそう思った。
 それにしてもつくづく厳しい自然環境だ。照ればひからびた馬の死体の骨までからからとなる晴天がつづき、雨が降るとどうもこちらは水が出やすいようで、道は閉ざされ、砂山は崩れる。もっともこの2、3日の雨は、アクス、クチャ周辺では、100年ぶりの大雨とかで、道路もかなり損害を受けている。
 西域南道を通ったときも思ったのだが、これだけ平らな土地が広いと、滅多にない大雨の為の治水対策というのは実に難しいだろう。砂漠やゴビ灘のようすや地形は一夜にして変わってしまうこともあるらしく、現に道路の建設のためにわざわざ橋の様な部分を道路の盛り土に作って、水路を確保してあるところで、その橋のような部分のすぐ脇で道路が流されていたり、その橋の土台の部分から上だけが小島のように流されずに残っていたりした。人間のできる努力などたかが知れているとしみじみ感じさせられる洪水の爪痕だった。
 しかも、中国では、その土木作業はほとんどが人間の手で行われる。工事現場などで重機を見ることもあったが、ほとんどが日本の中古品らしく、事業所の名前や電話番号もそのままに、黒い煙を吐きながら動いているのを何度か見た。この重機を手放した会社は、私たちがこのシルクロードの果てで、その会社の電話番号をおもしろ半分に手帳に移したりしているなどとは夢にも思うまい。日本の電話番号が懐かしかった。
 国が広いということはうらやましいが、こういうコストが膨大にかかることを考えるといいことばかりではないのだな、と思ったりもした。
 アクスの友誼賓館には、有名なあんまの先生が診療に来る。楽しみにしていたあんまと気功の治療があるのだが、宿の回りの道路工事のせいで先生が来られず、今日は治療がないという。
   しかし、宿の売店で、猫の木彫りの置物を買った。何の変哲もない、茶虎の猫なのだが、顔が京劇の隈取りよろしく黒のしましまが書き込まれていた。ちょっと面白かったので買ってしまった。新しい猫グッズである。しかし、こういうものまで京劇風とは本当に激しいなあ。

タマリスク日記  砂漠の雨は美しい
雨に濡れた砂漠
雨に洗われた砂漠の
緑は、とてもきれいだった
 今日は1日雨だった。砂漠に来たのになんで雨で憂鬱にならなければならないのだろう。それにしても、西域南道で道路が流されてえらい目に遭ったのも、異常気象の大雨のせいだ。今年は中国は激しく気象が乱れているらしい。
 カシュガルで会った中国人達は、口々に核実験のせいで異常気象になったといっていたけれど、ロプノールの核実験施設でいつ実験が行われたなどと言う情報、どうやって知るのだろうと少し疑問に思った。
 砂漠の雨というのも、滅多に見れないものだから貴重な景色だけれど、その中でも雨に洗われた緑の美しさにはちょっと驚いた。と言うのも、砂漠のサンドベージュを見慣れていた目には、オアシスの緑は実に美しかったけれど、それが、雨に洗われたら埃や塵がとれて、本当にきれいな緑が見えてきたのだ。その緑に比べると乾燥していたときの緑はどこか白っちゃけていたのだった。もっとも、雨雲のある空からの光は弱く、全体に景色は沈んだ色で構成されており、やはり、砂漠には青い空だなとしみじみ感じてしまった。もっとも、日がささないと気温が上がらず、旅行自体は暑さとの戦いがないので、ずいぶん楽だったが。

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