1996年8月19日
アクス〜クチャ


    
流された橋
洪水で流された橋

 夜、何度か目が覚めたが、その度に雨の音が聞こえた。カシュガルからもう連続3日雨が降っている。特に昨日今日は雨がひどい。土砂降りなわけではないが、もともと降雨量の少ない地方のこと、色々影響も出ているだろうとぼんやりと心配を胸に感じながら、私はなにやら夢を見ていた。
   昨日は橋が流されそうだという場面に行き会っただけだったが、今日は橋の流れてしまっている所に出会った。
 アクスからクチャへの途中、川が急に増水したのか、橋はおろか土台の土手の部分からざっくり切り取ったように流れてしまっていた。濁流が流れる川底に、わずかに運転室の屋根の部分を50センチほど残して土砂に埋まっていたトラックには、ドライバーだけが乗っていたらしい。ちょうど橋の上を通過中に、橋が流されて、トラックは川に転落し、運転者は亡くなったという話だった。
 車は何キロも渋滞して列になって止まっている。中国人はたくましく、私達が通ったときはすでに上下線それぞれに一本ずつ丸太の太いのを並べた仮橋がかけられており、車がゆっくりとではあるが通行していた。
 添乗員さんとガイドが一緒に現場の仮橋の管理をしている公安の人間に、話を付けに行ってくれて、私達は外国人特権で順番を無視して仮橋を渡らせて貰うことができた。どうやったのか後で聞いてみたら、意外なことにお金ではなく、ウルムチに今日中について飛行機に乗らなければならないと言ったらしい。つまりは大嘘である。しかし、嘘も方便ともお釈迦様はおっしゃっておられるし。このあたり、パスポートと運転免許にいちゃもんをつけて、何百ドルか脅し取った旧ソ連のお役人よりずっとすれていない。
 夕方、クチャに着く前に、西北75キロの場所にある、キジル千仏洞を見た。ここは新彊の石窟寺院の中でも特別すばらしい。新彊では、仏教の石窟寺院ができてその栄華の時代を過ごした後、何回かの破壊の波に出会っている。イスラム教が布教されて、他宗教を排撃するイスラム教徒によって、その石窟寺院は破壊されたり、壁画の目が残らずつぶされたりしたのだ。また、時代が下がって文化大革命の時に、過去の遺物として破壊されたりして、満足に残っているところは少ないのだ。
 その中でも特に美しい絵が沢山残されていることと、立地上、石窟寺院全体の外観が大変人の目を楽しませるということで、キジル千仏洞は私がずっとあこがれていた場所だった。
 ムザト川の岸の岩山に2キロ以上に亘って作られたキジル千仏洞は、3世紀から11世紀に作られた236窟が確認され、そのうち70窟程がよく保存されている。芸術としても、また仏教の信仰の場所としても三回のピークがあるという。3、4世紀、6、7世紀、そして8世紀ころ、キジルの文化は最高潮に達している。
 全体の窟は僧侶などの修行に使われた仏殿と日常生活に使われた僧坊に分けることができる。4、7、8、10、17、27、34、38、47、48の十窟を見学することができた。壁画は1万平方メートルあり、題材は因果応報、本性談、日常の民族の風景などである。1961年に中国の最初の重点文物保護単位の一つとして選ばれたという。

タマリスク日記  旅はたのしい
断崖にキジル千仏洞の洞穴が並んでいる
あこがれのキジル千仏洞
 夜の泊まりのクチャの亀茲賓館で、かわいらしい西遊記のキーホルダーを見つけた。孫悟空と猪八戒と沙悟浄がぶら下がっており、そのデザインが実に中国臭いのだ。値段も手頃(私にはね)だったので、お土産に買った。
 前回の旅では、各方面にいろいろお世話になっていたので、ずいぶんとお土産も買い込んだ。しかし、今回はそれもちょっと控えめである。というのは、それほど少ない予算で買えるいいものがたくさんないのと、今回は、本当の内輪だけにいろいろを頼んで、のどかに出かけてきたからだ。それだけでも、精神的に大分違いがあって、気持ちの上でとても楽になっていた。その分、旅が楽しめる。
 旅が楽しめていると言う意味では、前回と違って、今回は毎日原稿を作るという作業がなかったので(電話回線の問題でもうはじめから現地からのアップロードをあきらめてしまっていたので)、その分精神的に大分楽だった。初っぱなに腹下しをしてしまったので、とにかく、ツアーの他の参加者に迷惑をかけない為にもひたすら体力温存を目指していたのだ。それと、私自身が、こういう旅行に慣れてきて、時間ができたこともある。
 僻地の旅になれてきた今、はっきり言える。旅は体力。それが大事だ。

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