1.集合は8時半、正面ゲートで


 ゲートの手前の交番の並びに、小さなワゴン車が止まっていて、その横に受け付けデスクが出ていた。基地は、一応外国扱いなので、食物には検疫があるという。食べ物の持ち込みはできないと返信はがきに書いてあったので、私たちは箱の中に残っていたチョコレートを食べきってしまって、受付をしてもらった。基地に名簿が提出されているということで、一応、身分証の提示までは求められなかったが、二人の応募で二人来ているかどうかのチェックがあった。
 集合時間が来て、市の観光課の方から声がかかって、約50名ほどのこの8時半の回の見学者が集まってきた。今日は、このくらいの人数が5班出るという。私たちはどうも、最初の班らしい。Sさんという国際交流ボランティアの方から、この見学ツアーの実際の運営をしてくださる他のボランティアのスタッフと、基地の当直士官、そして、私たちのツアーにつきあってくださる基地の担当者の紹介があった。
 基地の当直士官は、私たちに歓迎の気持ちと共に、基地の人たちがいかに横須賀市と深く関わっているかと言う点で謝意も表明され、併せて航空母艦のキティホークが停泊していて、その見学ができるという話を伺った。また、私たちに同行してくださるCさんという軍服の背の高い人の紹介もあった。
 原則として写真を撮ってはいけないのは、ベースのゲート付近、それに、潜水艦と言う話だった。  いよいよ、日米親善ベース歴史ツアーのはじまり、はじまり....である。
 ゲートのところは、入る人のチェックが主なようで、車道と歩道に区画され、歩道には改札口のようなゲートがあった。そこを、それぞれの手荷物の口を開けて、荷物の中を覗けるようにしながら、通過した。ここからサンフランシスコ市の宛名で手紙の届く、アメリカである。

ミニコラム ツアーの縁の下の力持ちは?
 このツアーを実際に運営しているのは、国際交流ボランティアだ。当日お目にかかったボランティアの方々は、引率、通訳、説明役と大きく分けて三つの役割があるようで、今回は、横浜市経済部観光課の方1名の他に、引率の方1名、通訳の方が3名、それに、基地内に点在する文化財について、説明を聞かせてくださる方が3名と、50人につき、8名のスタッフのようだった。それぞれの方のお名前までは押さえられなかったが、一日お世話になる事の感謝の気持ちを込めて元気に挨拶をした。

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米海軍横須賀基地見聞記 目次


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