1996年9月10日
いよいよカラコルムハイウェーへ


    
壁面にある石像     シルカップの景色
この仏像のおなかに穴がある 遠くに見える丘がアクロポリス

 今日から本格的に旅がスタートした。朝、7時30分にホテルを出発。アジアハイウェーを通ってガンダーラ地方の観光地、タキシラまでは、32キロほどだという。朝になって、また屋根に積み込まれた荷物は、全体がシートできれいにラッピングされていて、埃や雨から守られていた。
 タキシラではまず、仏教遺跡のジュリアンの僧院を堪能した。車を降りて小さな用水路を渡り、そこから急な坂道を上ったところに遺跡があった。入り口にはこの遺跡がユネスコの世界遺産に指定されているという、プレートがあった。ここは仏教遺跡で仏塔(メインストゥーパ)を中心にいろいろな建物の遺跡が残っている。アトラスと象とライオンが支える仏塔の基壇に、東西文化融合が見られた。美しい緑の中に遺跡の石積みの壁が残り、往時の美しさはわからないが、今でもそれはそれで美しい風景だった。
 ここに、おへその穴に左手の人差し指を入れて拝むと、体の悪いところがよくなると言う薬師如来があったので、私の知っている人、みんなの体の悪いところが直りますようにと祈った。でも、仏様、遠い日本の私たちのこと、気にかけてくださるかしら。
 続いてシルカップで、町の遺跡を見た。ギリシャの建築家の都市計画に基づいて作られたというこの都市遺跡には、広いところに遺構がたくさんあって、大きな道も発掘されている。奥の方の小高い丘をアクロポリスにみたてての都市造営だったそうだ。昔行ったギリシャの町を思い出して、つくづくシルクロードの偉大さを思った。
 北門から少し歩いたところに、有名な双頭の鷲のストゥーパがあり、イランに起源があるという、基壇の双頭の鷲が大変によく残っていることにびっくりした。
 最後に行ったタキシラ博物館では、有名な弥勒菩薩、建築に用いられた石積みの時代による変化、数々の仏頭、生活用具など展示品はたくさんあって、時間が必要だった。ここで見た仏頭は、全体的に顔が平べったく何ともいえない美しさだった。偶像を崇拝する習慣のなかった仏教が、偶像を崇拝するギリシア文化と出会ってできたという、この美しい仏たちは、文化圏の違いなどではせつめいできないような不思議な美しさのような気がした。
  お昼ご飯は、タキシラ博物館の正面のPTDCタキシラで食べた。PTDCとはPakistan Tourism Depelopment Corp.のことだ。
 午後からは、始点のハーベリアーンからカラコルムハイウェーに入り、今夜の宿のベシャムへと向かった。タキシラ〜ベシャムが280キロなので、今日の移動距離は300キロ位になる。途中のトイレ休憩の町で、ブドウとバナナを買った。ブドウは一房だったせいか、ただになってしまい、バナナも10ルピー(約150円くらい)でモンキーバナナの房を一つ買えた。おまけにグアバが二つついてきた。ガイドさんにきいたら、外国人はただになってしまうことが多いらしい。
 泊まりのベシャムのホテルはPTDCのレストハウスだった。ホテルに着く頃はすっかりグロッキーで、バスの大きさが中途半端だとかえって疲れる気がした。
 夜、ホテルの庭で、パキスタンに来てから1匹目の猫に出会った。夜の暗がりの中で、お尻としっぽだけを見ただけだったけれど。石段を登るあの身のこなしは、猫にちがいない。
 今日は、昨日買ったパキスタンの服を着ていたけれど、涼しくて大変楽だった。いい買い物だった。

シャングリラ日記
ジュリアンの遺跡の<br>近くの石畳の道
 今朝走ったアジアハイウェーは、なんだか響きがなつかしかった。イランやトルコで春に聞いたあの響き、あの東への思いを懐かしく思い出したからだ。あれから半年、いろいろなところに旅をしたなあ。
 今ここに見えている道も、必ずどこかに通じていて、私はアジアの東の果てでその道に足跡を記し、そこから延々とあちこちを歩き回ったのだ。石畳のみち、土の道、煉瓦の道に、海上の道。今度はいったいどんな道に出会うのだろう。道には、人々の生活があり、人生がある。人生もそういえば、一つの道だ。道程といういい方だったけれど、若い頃に好きだった詩に、そういう表現があったっけ。そうそう、徳川家康も人生は遠い道を重き荷を背負って行くようなものだ、急いではいけないといっていたとか。
 急がないよ。でも、ちゃんとあるかなけりゃ、いけないこともわかっている。今回もがんばって道を行きましょう。

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