1996年8月10日
蘭州〜敦煌


    
白塔山公園からの展望

 午前中は、蘭州の観光だ。まず甘粛省の博物館に行った。ここの3つの有名な展示物の一つのマンモスの骨格は何らかの理由で見ることができなかった。しかし、豊富な彩陶は健在で、その展示の列を抜けると武威の雷台で発見された副葬品の『銅奔馬(とうほんば)』又の名を『馬踏飛燕』が展示されている。これは躍動感にあふれた天馬が、その足下に空を飛ぶ燕を踏みつけている構図で、日本語で「飛燕を凌ぐ馬」と言われている。私は、この馬の像がスキだ。見ていると元気が出てくる。粗末なものだが、前回に出土地の雷台で買ったレプリカは、部屋にも飾ってある。気分の落ち着かないときなど、このレプリカを見ながら、広い空を縦横に走り回る天馬になったつもりで、リラックスしてみたりする。こういう、人生の宝となるような芸術品にあえるのも旅の楽しみだ。
 この博物館の2階の売店では、私が密かに気に入っているお土産を売っている。それは、飛天の切り絵で、飛天のデザインにあわせて予め色を付けてある和紙を切り絵にしたものだ。5枚ほどがセットになっていて実に美しい。色々なところのおみやげ物屋をまめに見てきたが、ここ以外では見つけられず、前回も本当にこういうものが好きな人におみやげにしようとそれでも多めに買って帰ったのだが、それが全てはけてしまって自分の分がなくなってしまったので、今回は忘れずに買い足して帰ろうと思っていたのだった。
 その後、五泉山公園に行った。ここは、山の中に都合5つの泉がわき出ているのでこの名がある。山肌をくねって上り下りして一周して泉を見て回った。中国の古い絵にあるような、古井戸だの東屋だのがあって、何とも古式ゆかしい。残された建物も、どこか老朽化が進むままになっているような、うらぶれた感じがあるものの、自然の地形を利用した公園の作りがやはり大陸的なおおようさを感じさせる。
 公園の麓の池に、大きな猫が2匹、人間の格好をして魚釣りの糸を池に垂らしている作り物が飾られていた。猫好きの私は思わず、写真機のシャッターを切った。
 お昼は前回も食べた民族食堂で蘭州名物の牛肉麺を食べた。これは、牛の肉の入ったスープの麺に唐辛子などのスパイスを入れて食べる。麺の種類と太さにもそれぞれバリエーションがある。なかな奥の深い麺なのだが、内容は至ってシンプル。お肉のだしの味のしっかりした、しかし薄味の麺に自分の好みで、ラー油や醤油、酢などで味をつけるのだ。味が固定されているのが当たり前の中国料理にあって、ちょっと異質な感じがするが、あれこれ味を変えつつすする麺はくせもので、気がつくと食べ過ぎている。こわい、こわい。おなかを壊すと旅は大変なことになるから。(私は痛い目を見ている)  日本人の口にどうかと言われると、もっとおいしいラーメンが横浜のあたりとか、札幌、博多などでも食べられる。しかし、何となく素朴なスープと麺の組合せは、忘れられない味である。

 午後から、白塔山公園観光と黄河の遊覧をした。
 午後は、白塔山公園へ。この山の上には白塔寺があるので、この名が付いた。この塔にはいわれがある。
 ジンギスハーン時代、ハーンがチベットの王に使者を送った。チベット王は平和的な解決が得策と思い、一人のラマ僧をハーンの下に送ったが、彼は使者の役を果たした後、朝廷にとどめおかれこの地で亡くなったため、ハーンがこの塔を立て舎利を納めたという。現在あるのは、明代に再建されたものだ。塔は上の方が中国の様式で、下がチベット(インド)の様式をとどめており、折衷的デザインである。8面7階の塔で高さは17mある。
 白塔山はちょうど中山橋のところで黄河の岸に山が迫っているあたりにある。下から上ると急な階段を上っていく道がだいぶの距離があるのだが、脇の方から車で塔の近くまで一気にあがってしまった。山の上からの景色は、大きな川がゆったりと流れる蘭州の町を一望するもので、見飽きなかった。
 観光を済ましてから、徒歩で石段をおりたけれどここを上っていたら、観光初日から足がいかれていただろう。実は、ホームページにも書かなかったけれど、前回のシルクロードの旅の途中のブハラで足をひねってしまって、私は重い体重のせいもあって、膝に痛みがあるのだ。本当は6月19日から約50日東京にいた間に、治療をすれば良かったのだが、猫のことやらなにやらにかまけてほったらかしていた。案の定、階段を下りるたびに膝が痛い。ちょっと先が思いやられた。
 飛行機にまだ少し時間があるので、黄河の遊覧船に乗ることになって、船着き場へ。黄河の遊覧は、通常より船のいける範囲が狭かったのでちょっとつまらないかなと思ったけれど、乗ってみたら充分黄河の流れのすごさは味わうことができて、満足だった。砂漠を訪れるつもりのツアーで思いがけなくできた船遊びは、砂漠への思いをかえってかき立てるようで、なかなか楽しめるものだった。しかし、カフェオレが流れているかと思うほど、河の水は黄色く濁っていた。初めて見るその濁流は、つくづく日本で見る河の水とは違う風土で流れていることを教えてくれるようだった。
 夕方の蘭州発の飛行機で、今回の旅のパジェロでの砂漠行の出発点である敦煌へ。
 出発前夜のごちそうの並んだ夕食後、ホテルの部屋に入ってリュックから、重たかったバッテリーのコンバーターとパソコンを取り出したり、あめ玉の袋を入れたりと荷物の再編成にかかる。さらには、明日からのパジェロでの砂漠の旅にそなえて、今回も用意してきた伊藤園の『金の烏龍茶』とキリンの『きりり』の大小2本の耐熱ペットボトルに宿の部屋に置いてある湧かした飲料水の入ったポットのお湯を使って、スポーツ飲料をつくった。汗をたくさんかけば塩分が失われるので、それもあっての選択だ。朝までには、冷えているし、経済的にもお得。これは、中国旅の生活の知恵である。本当は緑茶にお塩を少し混ぜればそれが一番いいのだが、これは私の口にはあまりあわない。
 その作業をしているうちに、やっと旅にでたという、感覚がわいてきた。さあ、砂漠だ、遺跡だ、シルクロードだあああ。

タマリスク日記  黄河の町:蘭州から砂漠の町:敦煌へ
 敦煌への飛行機の中に変なおやじがいた。何だか自分の席に落ち着かず、あちらこちらの席へ行っては、通路から満席の乗客の上に身を乗り出すようにして、窓の外を見ている。私は一番後ろの席だったので、大変落ち着きがなくちょろちょろしているその様子が目障りだった。しかも、時には他人を立ち上がらせて何かしているようだ。変な人だなあと思って、見ないようにしていた。
 ところが災難は私にも降りかかってきた。敦煌に到着する少し前にそのおやじがわたしと岩出のじっちゃん(ツアーで一緒だった元気なおじいさん、すごくすてきなおじいさんだったのだ)の所へ来て、窓の外の写真を撮りたいという。じっちゃんが、「窓の外を取るなら、ガラスにぴたっとカメラを押しつけて取らないと、うまくないよ」と、アドバイスしてしまったら、そのおやじ、いきなり私の膝の上に寝そべるようにしてのしかかって、窓にカメラを押しつけようとしたのだ。私も色々な経験をしたが、今だかって見ず知らずのしかも妙な臭いのする(今思えば彼は山男で、その手の人にありがちな臭さだったかもしれないけれど)おやじに体に密着され、しかもバストの上にのっかられてしまって重い思いをさせられたことはなかった。
 あんまりびっくりしたのと不愉快だったので思わず、「今、どくから待って下さいよ」と大きな声をだしてしまった。まだ、出会ったばかりのツアーの仲間の手前、まずかったかなとも思ったけれど、何より不愉快だったのだ。彼がぼそぼそといいわけをするのと聞いたところでは、窓の外の祁連(きれん)山脈のどこかの山に登るとかで、その山の写真を撮りたかったらしい。気持ちは分からないではない。しかしやり方に問題がある。あきれかえって立ち上がって場所を譲り憮然としていたら、一言の挨拶もなく、写真を撮って立ち去っていった。つくづく変なヤツ。
 後で、聞いてみたらツアーの仲間の反響は全然心配なかったのでほっとした。それよりも、離れて座っていたB先生のところでも、色々人に迷惑を掛けていたらしく、最初から災難だったとみんなで大笑いした。

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