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1996年8月14日 チェルチェン〜ニヤ |
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| 胡楊樹の茂み |
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朝も早くから起きて、7時出発でチェルチェン故城と西周古墓を見学した。ここで無数に散らばる土器のかけらを少し拾った。心の土産に。
白っぽい固い土の土台の上にクリームのように柔らかい砂がつもり、その上に細かい砂利がまぶされて、故城は時代のベールに覆われて静かだった。みんな、何か遺物がないかと足元を見ながら散策している。前にイタリア人の観光客が2000年前のコインを拾ったという話を聞かされていたからだ。私もコインとまでは欲張らないが、できたら模様のある土器のかけらくらいは拾いたいと思いながら、とぼとぼと歩き回った。模様のある土器のかけらいくつかと、彩色土器のかけらを一つ拾って、遺物収集は終了。
今朝から先行していた5台目の車も合流したので、5台の車に運転手が5人、お客は9人と添乗員と、ガイドが3人である。一台には運転手を含め、4人乗りなのでほぼ満席だ。それでも、昨日、一昨日に比べれば、全然車の揺れも少なく乗り心地はまあまあになってきた。ドライブをし、ポイント、ポイントで胡楊樹やらやぎやら砂漠のなんとかの写真を撮り、又車で出発する。車窓の風景は変化に富み、見るものを飽きさせることはない。ただの、砂と小石の世界ではないのだ。目を凝らせば、小さな生命が息づき、緑が誇らしげに天をにらんでいる。
フロントグラスから前を見ていたら、舗装道路の上を、砂が走るのが見えた。走砂というらしかった。このあたりは風が強く、この現象がしばしば見られると言う。砂の粒子の大きさと、風の強さが関係しているのだろうが、きれいな現象だった。
昼食は、休当というところの街道レストラン(清真食堂だった)で、うどんに辛目のトマトソースの羊肉とトマト、ピーマンの炒めたものをかけて食べる皿うどんだった。
ニヤのホテルについて夕食後の夜9:00過ぎ(新彊の時間で6:00過ぎ)、ツアーの参加者皆で、ぷらぷらとバザールまで歩いてみた。片道20分くらいの道のりだった。何だかもうほとんどの店が閉まってしまったのか、夕暮れ時のバザールは人通りも少なく、ちょっともの悲しいムードがあった。
どこからか、電子音が聞こえてくるのであたりを見回すと、ゲームセンターのようなものがあった。のぞいてみると、子供が何人か、日本ではもうよほど田舎の流行らない温泉旅館の娯楽場にしかないような、古くさいぼろぼろの筐体に、見たこともない基盤がはまって、ゲームが動いていた。子供達は、互いにゲームの腕を競っているようだったが、そのひどく初期型の格闘ゲームは、なんだか、動きがわるくて、おまけに時々、モニターの電源が落ちるのか、画面が見えなくなったりしていた。しかし、こんな所にまで、こんなものが来ているのかと思うと、なんだか、残念なような気がした。
私たちは、自分たちが快適な暮らしをするのを結構どん欲に追求したりする。しかし、一方で、開発途上国に文明が訪れることをもったいないと言ったりする。
自己中心的で嫌だと思うが、でも、やはり、砂漠の町の素朴な暮らしがこんなつまらないものに汚されるようなそんな感じを受けたのだ。ゲーム自体はつまらないとは思わないが、この自然からたくさんのことを学び取れる場所で、部屋の中で電気のスイッチをピコピコ押しているのは、なんだかもったいない気がしたのだ。
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