1996年4月3日(第4日)
イスタンブール〜ブルサ


    
ブルサのグリーンモスクの入り口
ブルサのグリーンモスクの入り口

 3月1日の深夜イスタンブールに着いて以来、私は本当に夜な夜なインターネットと戦い続けていました。とにかく繋がらないのです。最初はカプラーでやっていましたが、全然だめ。ついで、重いベットを動かして、かねて持参の電話のコードを、三芯の電話線なのに電話の基盤のアルファベットを頼りにつないで、モデムに接続。それでもうまく動かない。電話代ばかりかさんでいきます。今日はとうとう精神的にも参ってきて、観光にも熱が入りませんでした。
 もっとも今日は、午前中の軍事博物館でのオスマントルコ軍楽隊の公演のあと、イスタンブールから直接マルマラ海をフェリーで渡って、ブルサの町に着きました。ついてすぐ、町を望む高台にあるレストランで食事をし、そのあと、観光に。
ブルサはイェシル・ブルサ(緑のブルサ)と呼ばるウル山の麓の緑の多い町。ここにはイェシル・モスク(グリーンモスク)があり、緑のブルサの象徴ともいえる存在になっています。内部は、天井をのぞき、美しい緑のタイルで覆われていました。
 観光のあと、自由時間を利用してバザールへ。きれいに積み上げられたジャガイモ、人参、キュウリなどが本当においしそうでした。体調を崩すことが心配で、(つまり腹下し)イチゴや、トマトには手がでませんでしたが。とてもおいしそうだったのに。
 シルク製品が特産物ということで、シルクバザールに立ち寄って、その後ホテルへ。私はインターネットが気になって本当に気もそぞろ。あげくにバスの窓から見かけたウィンドウズ95の看板のあるお店に何か情報があるかもしれないとバスから降ろしてもらいました。ホテルの名前の書いてある紙だけを握りしめて。ショップで聞くと、片言の英語同士の話なのでどうもうまく行かず、別な場所を訪ねろと言われました。またタクシーを拾い、店に居た高校生に行く先を説明してもらってその会社を訪ねましたがなにも収穫はありませんでした。会社の人たちは一生懸命助力しようとしてくれたのに。
 すごすごとタクシーを拾ってホテルについて、何か東京からバックアップのファクスが来てるかなと思うけれどなにもなし。がっかりして部屋について、とるものもとりあえずアクセスしてみたら、きちんとつながりました。あれあれ、どうしたことだろうか。ほっとして、涙がこぼれました。でもまあ、繋がったんだから、一安心です。さあ、今日はよく眠れるかな?

ミニコラム オスマントルコ軍楽隊に見送られて出発
赤いマントの美しい
メフテル勢揃いである
曇り。
 今日はいよいよ、イスタンブールを離れ遠く西安目指してシルクロードの上を移動する最初の日だ。まだまだ、46日もあるわけで、少し気が遠くなりそうだ。
 そこで、一発景気をつけようと担当者が考えたかどうかは定かではないか、旅行会社のはからいで、フジテレビ『なるほど・ザ・xxxx』で有名になった、オスマントルコ軍楽隊の演奏に送られて出発することになっていた。
 9時半に、軍事博物館の前に到着、昨日の観光局の人も来ている。なるほど、このあたりが震源地かな。しばらく待っていると彼らはあの耳にのこる笛と太鼓の音とともに、建物の角を曲がって現れた。彼らの正式名称は『イェニチェリ軍楽隊<メフテル>』というらしい。大太鼓(キョス)、中太鼓(ダヴルゼン)と小太鼓(ナッキュレゼン)、トランペット(ボルゼン)に縦笛(ズルナゼン)、鈴のついたツリー状の楽器(ジェヴゲン)、それにシンバル(ズィルゼン)という構成だ。ほかに纏の様なものを持った人、旗を持った人、剣を抜いて肩に担いだ鎖かたびらを着た人に指揮者、総勢52人だ。彼らはこの博物館の初速なのだそうだ。振り向くと博物館の塀にも立ち見の人がでている。毎日2回公演があるらしいが、それでも現地の人が塀にたかっているということは、やはり、現地でも珍しいと見える。

 それにしても、勇壮でもの悲しいすばらしい演奏だった。なにしろ、やっぱりこういうものの生の迫力はすごいものがある。いい手配でありがたかった。これから、食べ物も変わり、水も変わりいろいろなことがあるだろうが、きついときには、この曲を聞きながら死地に赴いたオスマントルコの兵隊さんを思ってがんばろうと写真を撮りながら、勇気がわいてきた。
 テレビで取り上げられ日本で話題になり、物見高い日本人観光客が押し寄せたので、だいぶ楽団の地位が向上したらしいと聞いた。よほど、日本から訪れる人が多いのか、『さくらさくら』を演奏してくれた。彼らの素晴らしい演奏に送られてバスは出発した。  バスが走り出しても、メロディが頭の中にこびりついているのか、演奏が聞こえてくる。いやあ、本当に耳について、こんなにいつまでも聞こえてくるのだから、いい曲なんだなあと感心していたら、バスの車内であまりの感動に早速、ビデオカメラを再生していた人がいたのだった。早く言えよな!!

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