1996年4月4日(第5日)
ブルサ〜ベルガモン〜イズミール


    
アスクレピオンの劇場
アスクレピオンの劇場

 昨夜は夜3時頃まで、キャラバンサライというホテルの名前にふさわしく中庭でパーティが行われていました。これから向かうシルクロードのオアシスのにぎわいを思って、心が浮き立ちました。音楽と人々のざわめき、なんだか本当にシルクロードの旅に出たのだと、実感がわいてきました。
 今回の旅では、たくさんの音楽との出会いがありそうです。イスタンブールでは知人へのおみやげにおもちゃの縦笛を買いました。試しに吹いてみると私が学校時代にならったあの笛より、気のせいか穴が一つ少ないように思います。今までのところ、いろいろみてみるのですが、横笛はないみたいです。何か違いがあるのかな。演奏は縦笛の方が簡単ですよね。
 今日は、ベルガマの町のベルガモン遺跡に行きました。遺跡は、大きく分けて町の二つの地域にあります。一つが丘の上のアクロポリスの遺跡、そして町の近くのアスクレピオンです。アクロポリスには、大きく分けて古代図書館、ゼウス大祭壇、そして山肌を利用した劇場の遺跡があります。丘の上を風が吹き、羊がのんびり草をはむ横を通り抜けて神殿に入るとすぐに猫がいました。山猫みたいな縞模様で、だっこするととても軽いのです。なんだか喉をならしてご機嫌なので、ずっと肩に抱いて写真を撮ったりしていました。水飲み場の近くに来たら急に飛び降りて水を飲みにいってしまいましたが。
 そして、アスクレピオンへ。ここはギリシャ時代の病院だそうで、なんと下水の設備があります。人々はここに来て、入院の許可を請い、病院側では直る見込みのある人だけに入院を許したそうです。そして、必ず直るという暗示を与えたり、治療的なことよりも、むしろ予防的なことに力を入れた医療活動を行っていたらしいのです。
 今は、イオニア式の円柱と、入院に使われた丸い建物、劇場などが残っています。一通り見て回って劇場でみんなで一休み。どれほど声が通るか、『春の小川』を歌ってみました。本当に小さな声で十分に劇場の上の方まで声が聞こえるそうで、つくづく古代の人の知恵には感心しました。こういう町には、とにかく住民の十分の一の人数が入れる劇場がありました。庶民には娯楽が必要ということでしょうか。
 でも、どうしてみんな壊されてしまうのでしょう。なんだか、とってももったいない気がします。エジプトの医学とか、ギリシャの各種学問、そして優れた建築技術など、今に伝わっていたら、世界はもっと幸せだったのではないか、そんな思いにとらわれて遺跡を後にしました。
 泊まりは、さらに車で2時間近く走ったイズミールで。ホテルでの夕食に今回の旅行で初めての魚料理がでました。

ミニコラム 本当に失われたもの
ベルガモン遺跡の図書館
ベルガモン遺跡の図書館。
燃えなければ20万冊の本が
知識の泉になっていたはず
 昔、エジプトのアレキサンドリアに世界一の図書館があった。そこと対抗し、20万冊の蔵書を集めていたのが、このベルガモンのアクロポリスにある図書館だった。今は、山の上にあるこの遺跡には、遊牧されている羊がのんびりと散歩していたり、途中の山肌に牛が寝そべっていたりと、当時の学術的な面影はない。空をバックに白い大理石の円柱がそびえ、のどかな遺跡の昼下がりが過ぎていく。図書館に併設されていた劇場は、断崖絶壁の上にあって、遥か彼方まで広がる大地と空を上演される芝居の背景として借景するため、舞台の背後に石組みのものはなく、必要なときだけ、木材で背景の構造物を作ったらしい。どれほどの文化と文明の蓄積があったのかと思うと、失われたものの大きさが身にしみて感じられる。この喪失感は、初めてものではなく、以前にも心の底に重く感じたものににているとずっと思い出そうとしていたら、それは、『薔薇の名前』で図書館が燃えたときの思い、そして、ギリシャの神殿で切り取られた破風のレリーフの残骸をみたときの思いににている。
 もう一つ、別な痛みが心に走ったのは、アクロポリス内のゼウス神殿の祭壇を発掘にあたったドイツの探検隊がそっくりベルリンに運び、ベルガモン博物館というのを作ったという話。いつか返してもらいたいという思いの現れか、大きな赤松の木が祭壇のあった場所にまるで墓標の様に立っている。
 ああ、なんてこと?なんて思いながら、足元を見るときれいな大理石のかけらがあちこちに散乱している。「一つぐらいいいかな」なんて考える心が私にだってある。遺跡は過去への扉だ。そして、人は遺物という遺跡への扉を所有したがる。なんだか、すこしわかったような気がした。

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