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1996年4月8日(第9日) カッパドキア |
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| カッパドキアの春 |
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以前、といってももう25年くらい前になるかもしれません。『未来への遺産』というNHK特集がありました。月に一度の放送を私の家では家族みんなでそれはそれは楽しみにしていました。その番組の中で、カッパドキアが取り上げられたとき、私は、「一生かかっても、この土地を訪れることはあるまい」と思ったことを、なぜだか妙に鮮烈に記憶しています。そして、今日私は、そのカッパドキアを観光して歩きました。写真やテレビでしか見ることのなかった、マッシュルーム型の岩、そして、隠れキリシタンたちのフレスコ画。すべてが夢のようです。何度テレビで見てもそれは、みたことにはならなかったようです。人々の生活のかすかなにおい、そして、満開の桜と、杏、スモモの花が人々の存在を高らかに歌っているようでした。そして、巡る歳月の残酷さも。ここで、修業した人たちも今はなく、聖なる場所だった教会にも、こころないいたずら書きが。そして今は、穴の中に往時の生活を感じさせるものは残り少ないのです。けれども、人々の植えた杏にはきれいに花が咲いて、今年も春が巡ってきています。
昼前に、トルコ絨毯屋さんに出かけました。あまりに細かな手作業のすごさと、実演で見せてもらった、絹糸の製作とそれからおられる絨毯の精巧さにうたれて、写真を撮るのすら忘れて、1時間を過ごしてしまいました。ちょっと、反省。きれいな絨毯がたくさんあったのに。お目にかけられなくてごめんなさい。
そして、このアナトリア高地から黒海にそそぐ、クズル川の観光で、ここカッパドキアの見学が終了しました。鉄分を含んだ赤い川が、時の流れのようにゆったりと大きく流れていました。
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