1996年5月4日(第35日)
精河〜ウルムチ


    
遠くのがけの上にオボがみえる
モンゴル族の寺院 オボ

 昨夜は部屋が寒くて何度か目が覚めました。朝起きると、冷え込みはしているものの、天気はよく、日中はきっと暖かくなることだろうと、着るものを調節して身につけた。朝食後、出発時間になって、フロントに降りていくと、バスのタイヤがパンクしていることがわかったので、出発が1時間ほど遅くなったときかされました。今日は途中の沙湾で、近頃中国ではやっているという、大盤鳥という料理を食べながら天山北路を一路ウルムチへ向かいました。
 途中、道路脇の丘の上にオボがありました。これはモンゴル族の寺院のようなもので、ここで彼らが祈りを捧げたのだそうです。
 今日で、35日毎日バスに乗っていますが、昨日今日の二日間が一番揺れたかも知れません。とにかく、体中、くまなくマッサージされ続けているようなもので、へとへとになりました。幸い、乗り物酔いの薬のおかげで、気分は悪くならないですが、とにかく疲れるのです。眠っていても、起きていても体の置き所がないという感じで、絶え間ない揺れに身を任せるしかないのです。バスも、このがたがた道を走っているものらしく、ガタピシときしみっぱなしで、窓枠など、ゴムとガラスがすれて、歌を歌っています。こうやって毎日揺られているので、スーツケースや鞄のねじがゆるんできたり、キャリアーの車を止めているねじが抜けて車がとれてしまったり、ぼちぼち不都合も出始めました。
 それと、今までのバスは体の大きな欧米人向けに作られていたので、座席も腰をかける部分が広く大きかったのですが、はとバスは日本人向けの車両なので、座席が小さくなりました。これまでのバスの座席では、リュックをうまいことクッションにして、丸くなって寝られたのですが、今度はうまく丸くなれないので疲れます。体が弱ったので、少しでも睡眠をとりたいのですが、どうもうまく行きません。何日かすれば、慣れてうまいこと寝られるようになると思うのですが、今のところ、うまく行きません。
 夕方7時前にウルムチの環球大酒店につきました。夕食は外へ中華料理を食べに行くと言うことなので、私はさぼって自分の部屋で、レトルトのお粥を食べました。というのは、今日のお昼はおいしかったのですが、食べて2時間ほどしたらおなかが少しちくちくしたのです。もう、あの痛いのはたくさんなので、油の多い中華料理はちょっとご遠慮したわけです。部屋に残って東京に国際電話をかけました。テヘランでかけて以来ですから、2週間ぶりくらいでしょうか。電話で、家族の声を聞くとむやみとほっとするのはなぜでしょうか。おもしろいものです。後、2週間でこの旅も終わりかと思うとちょっと残念なような、うれしいような複雑な心境になりました。

ミニコラム 中国で大流行の料理「大盤鳥」
大盤鳥調理中の女性
大盤鳥は、麺と
おいしい鳥の料理から
なりたっている。
 今日の昼食は、精河からウルムチに向かう途中の沙湾で、今、中国全土ではやっているうどんを食べた。実は料理の写真も載せようと思っていたのだが、厨房で写真を撮っているうちに食卓の上の料理があらかたなくなってしまい、料理そのものの写真がないのでちょっと間抜けだが、それでもあえて書く。
 料理の名前は、『大盤鳥』。ぶつ切りの鳥を、ニンニク、ネギ、ピーマンなどと、辛目の香辛料で炒めたものが、大皿に出てくる。その上に、うどんをのせてかき混ぜて、炒め物のつゆでうどんを食べるのだ。これが、今、国中ではやっている食べ物だとかで、なるほど、バスの中から見る飲食店の多くに、大盤鳥、大盤鳥、と書いてある。
 しかし、不思議だったのは、まあ、よく考えれば当たり前のことだけれど、中国料理にも、はやり廃りがあるんだということ。日本で、舶来もののティラミスがはやったりしたのとは違う、何というか、日本料理の新しいお芋の煮っ転がしがはやって居るみたいなそんな感じで、はやりがあるんだなって言うのはちょっとびっくりした。
 料理のメインの鳥は骨ごとぶつ切りになっているので、がつがつ食べると骨を噛んで歯がいたいので、おそるおそる噛んだけれど、病み上がりの胃腸をいたわって、腹八分目でやめるのが難しいくらいおいしかった。鳥の骨からもうまみが出て、それをたっぷり絡めたうどんもまた、おいしかったし。うどん自体も手でこねたものを引っ張って作ったうどんで、腰があっておいしかった。昼食時間を少しはずれていたにも関わらず、他にも、同じ料理を食べていた人たちが居たくらいだから、本当に流行っているのだろう。
 かえすがえすも、料理の写真を取り損ねたのが残念である。

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